【JSAI2023】SFとAIは、日常的思考から脱却するツールになれるのか？

2023年6月6日から9日にかけて、熊本県熊本城ホールをメイン会場として2023年度 人工知能学会全国大会（第37回）がハイブリッド開催されました。6月9日には企画セッション「人工知能と虚構の科学」が行われました。本稿ではこのセッションを要約することで日常的思考を脱却するSFの効用と、そうした脱却を促進する可能性のあるツールとしてのAIの役割を明らかにします。

思考ツールとなった現在のSF

サイエンスコミュニケーターの宮田龍氏がファシリテーターを務めた上記セッションでは、はじめに慶應義塾大学所属の大澤博隆准教授がセッション概要を説明しました。一般的には文芸におけるジャンルのひとつと考えられるSFは、近年ではイノベーティブなアイデアを考案するヒントや発想法として再解釈されています。こうした思考ツールとしてSFを活用する動向は日本にも波及し、SFにおけるAIの在り方を探求する「AI×SFプロジェクト」のような取り組みが行われました。同プロジェクトではSFで描かれているAIを類型化する調査が行われ、以下のような分布図が完成しました。

思考ツールとしてSFを活用する試みは、SFプロトタイピングというグループディスカッション法を生み出しました。この方法は、意図的に日常的思考から脱却して斬新なアイデアを発想するというものです。

以上のようなSFをめぐる動向をふまえて、今回の企画セッションでは人間の発想メカニズムを分析する「知能と発想支援」、現役SF作家に創作活動とAIの関係を聴く「AI技術と創作」、SFプロトタイピングとサイエンスコミュニケーションにおけるAIの役割を明らかにする「SFプロトタイピングと科学コミュニケーション」という3つの特集と質疑応答が行われました。

参考記事『【CEDEC2022】アイデアとイノベーションの源泉、SF思考の最新動向』

逸脱を避ける思考の仕組み

1つ目の話題「知能と発想支援」で1人目の発表者を務めた東京大学大学院所属の清河幸子准教授は「人間の発想プロセスの特徴と創作における困難」と題して、人間の発想プロセスの仕組みについて話しました。

はじめに清河准教授は、1981年発表の文章が生成されるメカニズムを図示した文章産出モデルを示しました。このモデルにおいて核となるのは、書き手の長期記憶です。書き手は自身の長期記憶を言わば素材として、文章のテーマに沿って概念を組織化したり、評価したりするプロセスを繰り返して最終的な文章を産出します。

続いて清河准教授は、長期記憶を具体的に連想するメカニズムを説明する活性化拡散理論に言及しました。この理論は、記憶は類似したカテゴリーに沿って連想されることを図解しています。例えば、「赤」という概念からは「火」や「バラ」や「消防車」を連想できますが、直接的に「乗り物」は連想できず、この概念を思いつくには「消防車」を経由する必要があります。この理論は、何らかのテーマに沿って記憶を想起する際に、思考の飛躍は起こり辛いことを示唆しています。

さらに清河准教授は、アイデアが具体的に生成されるプロセスを説明する2つのモデルを紹介しました。ひとつめが行列モデルです。このモデルは、思考は類似したカテゴリーに沿って連想されることを行列で図示したものです。このモデルを実証した事例として、大学改革案に関する実験があります。以下の表に示されているように、改革案として「学界」や「キャンパス」は類似しているので連想されやすいですが、「学界」から「フードコート」は連想され辛いことが分かります。

2つめのSIAMモデルは、連想されたイメージが連想過程に影響するプロセスを説明しています。具体的には何らかの問題に着目して想起されたイメージは、先行するイメージと比較して問題との関連性が強い場合、その関連性が強化されます。このモデルは思考の流れは継続するにつれてその結びつきが強化され、逸脱が難しくなることを示唆しています。

以上のように記憶が連想されるプロセスを解説したうえで、創作における困難とは先行するカテゴリーやアイデアに似た「ありがち」なアイデアが思いつきやすく、また一度思いついたアイデアからなかなか脱却できない、と清河准教授は指摘して発表を終えました。

創発的なリーダーシップが創造性を喚起する

話題「知能と発想支援」の2人目は、香川大学大学院所属の西中美和教授が「影響力の「分散による発想支援」と題して、ロードマッピングにおける役割創発について発表しました。ロードマッピングとは企業経営やプロジェクトマネジメント等において用いられるビジョン形成ツールで、SFプロトタイピングのような意図的な飛躍は想定してはいないものの、創造的でロジカル的な発想法として知られています。

西中教授は創造的なロードマッピングの要因を突き止めるために、シェアード・リーダーシップ（以下、SL[Shared Leadership]と略記）に着目し、SLを創発させる実験を行いました。SLとはリーダーが担うタスクを複数人で分担するというもので、創発特性があると言われているチーム特性です。ロードマッピングでSLが創発すれば、発想過程が改善されるのではないか、と同教授は仮説を立てました（Nishinaka & Shirahada, 2013 [1]）。

実験を実施した結果、SLが創発したチームは最終的な意見がまとまったうえにリーダーたちの発話量が増えた一方で、SLが創発しなかったチームは意見がまとまらず発話に関する相互作用も起こりませんでした。またSL創発チームでは、ディスカッションが進むにつれて一方のリーダーがまとめ役、他方がサポート役になるという役割分担の創発も観察できました。

西中教授は、SFプロトタイピングでもSLが創発すれば同様の効用が得られるのではないか、と予想しています。この予想は、国立情報学研究所の武田英明教授が提唱する分人概念に通じるものがあります。人を1人の有機人だけではなく、複数の異なる存在の重なりとしてもとらえる分人概念と、今回分かったSLの効用を敷衍すると、メタバースをはじめとするデジタル的活動においてもSLの効用による発想喚起が期待されるのではないか、と述べて同教授の発表は終わりました。

現役SF作家から見たAI

2つ目の話題「AI技術と創作」では、SF作家の安野貴博氏と斧田小夜氏に創作とAIの関係について尋ねました。両氏はともにソフトウェアエンジニアという工学的背景を有しており、AIをテーマにしたSFアンソロジー『AIとSF』に作品が収録されています。

今回のセッションでは、会場からの質問に両氏が回答するという進行となりました。はじめにファシリテーターを務める宮田氏が、『AIとSF』収録作品を創作するにあたり、AIをどのように使ったか、そしてAIについてどのように考えたか、と質問したところ両氏は以下のように答えました。

（安野氏の回答）

1. 『AIとSF』収録作品「シークレット・プロンプト」を執筆するにあたり、ChatGPTをアイデア出しに活用した。
2. 同AIは欧米リベラル的価値観を有しており、その価値観を飽きることなく繰り返すので説教する牧師のように感じた。
3. ChatGPTをはじめとする対話型AIは、情報空間に大きな影響を与えると感じた。
4. 情景描写については、AIに出力してもらってから推敲するようにした。

（斧田氏の回答）

1. 『AIとSF』収録作品「オルフェウスの子どもたち」の執筆にあたっては、自覚的に概念的に遠い言葉を結びつけるようにした。
2. 上記作品ではAIシステムの障害から陰謀論が拡散する様子を描いたが、こうした事態は現実でも起こるだろう。
3. 同作品の制作においては、画像生成AIのMidjourneyを使ってイメージボードを生成してから執筆した。

清河准教授から「人間の思考は収束しやすい傾向にあるなか、思考を発散させるツールとしてAIを活用すれば、人間の弱点を補えるのではないか」という指摘を受けて、両氏は以下のように発言しました。

（安野氏の発言）

1. 大規模言語モデルにさまざまなプロットを出力させたが、魅力的なものは案外なかった。そう思うのは、AIの出力から発想をふくらます人間側の能力不足があるのかも知れない。

（斧田氏の発言）

1. AIがヒューマンライクになると、創作支援という観点からは（人間の能力と重複するので）役に立たなくなるのではないか。
2. 概念的に離れた言葉を結びつけるという方向性で、AIを活用するのが有望か。

（以上の斧田氏発言を受けて安野氏発言）

1. AIが思考する際の収束と発散の度合いをユーザがチューニングできるようにする、というAI開発は有益かも知れない。

SF格差を解消するもの

3つ目の特集「SFプロトタイピングと科学コミュニケーション」における1人目の発表者は、東京大学VRセンター特任研究員である宮本道人氏が「AIこそがSF格差を解消する」と題して、SF思考の実践事例とSF思考を支援するツールとしてのAIについて話しました。

はじめに宮本氏は、SF思考とSFプロトタイピングの違いについて説明しました。一般にSFプロトタイピングとは、（多くの場合、非現実的かつ突飛な）SF的前提から帰結する未来像についてアイデアを出し合うディスカッションと理解されます。対してSF思考とは、SFプロトタイピングから得られた未来像を実現するために現在するべきことを考えるプロセスもふくみます。SF思考における未来像から言わば現在を逆算するプロセスは、SFバックキャスティングと呼ばれます。

続いて宮本氏はSF思考を実践した事例として、中高生を対象としたワークショップ「職業消滅時代のサバイバル術」の概要を説明しました。このワークショップは以下のような前提と手順で実施されました。

1. 前提：30年後、さまざまな職業がAIに代替されてしまい、自分にしかできない職業に就かないと稼げない世界となってしまった。そこで、友人と協力して新規かつオリジナルな職業を考えてみよう。
2. 手順１：自分が真剣に考えている夢や職業は、今回のワークショップでは考えないようにする。
3. 手順2：（手順1で除外した職業に対して）二番目以降に興味のある「真面目に考えていない夢」について、馬鹿馬鹿しいものであっても友人と話してみる。
4. 手順3：友人と話し合った夢をかけあわせて、自分の代名詞となるようなフレーズを考えてみる。
5. 手順4：架空の30年後の自分を想像したうえで、そうした自分になるまでの過程を「架空のプロフィール」として妄想してみる。

以上のように考え出された架空のプロフィールは、例えば以下のスライドに示されたようなものとなります。

宮本氏が例示したSF思考は、大きな飛躍を伴う未来設定から現在をとらえ直す「現在の再定義」を伴うものだと言えます。そして、こうした現在の再定義を行うことで、現状では起こりにくい対話や発想を促すのです。近年のSFプロトタイピングやSF思考はともすると新種の広告手法に陥りがちですが、これらの発想法は本来的には現実をとらえ直すという批判的精神が内在しているのです。

宮本氏は、近年トヨタ自動車がテスラに時価総額で負けた理由として、現実をとらえ直し飛躍できる思考の差であると指摘したうえで、こうした差を「SF格差」と呼びました。この格差を埋めるにはSF思考が有効なのですが、この発想法を独力で実行するのは困難です。そこで同氏が提案するのが、SF思考を促すツールとしてのAIです。こうしたAIはまだ存在しませんが、ChatGPTのような現在の対話型AIが進化すれば、「SF思考支援機能」が実装されるかも知れません。

AIこそサイエンスコミュニケーションを必要としている

「SFプロトタイピングと科学コミュニケーション」における2人目は、株式会社アラヤに所属するサイエンスコミュニケーターの宮田龍氏がサイエンスコミュニケーションから見たSFとAIについて話しました。

宮田氏によると、サイエンスコミュニケーターの役目とは社会問題や研究開発において科学的な視点を当事者に提供することで、問題を解決する多様な選択肢をともに創造していくことです。

宮田氏の具体的活動としては、2019年9月に開催された日本科学未来館が企画したトークセッション「イマジネーション×サイエンス ～人工知能がつくる未来を想像する～」で企画とファシリテーションを務めたというものがあります。ブレイン・マシン・インターフェイス（BMI）の実現を目指すプロジェクト「Internet of Brains」の一環として立ち上げられたコミュニケーションプロジェクト『Neu World』ではプロデューサーを務め、2023年3月17日にはキックオフイベントが開催されました。Neu Worldでは、プロジェクトの初期段階から研究者・クリエイター・一般市民の共創が重視されています。

サイエンスコミュニケーションからSFプロトタイピングをとらえた場合、このディスカッション技法は対話の促進や創作の支援というかたちで役立つ、と宮田氏は考えています。AIについてはサイエンスコミュニケーションを通じてAIに関する正しい知識を普及させることで「信頼されるAI」の実現に寄与したい、と述べて同氏は発表を締め括りました。

さまざまなAI観が語られた質疑応答

3つの話題の発表を終えた後、発表者が企画セッション参加者からの質問に答える質疑応答が行われました。以下では、質疑応答の一部を紹介します。

1. （「SF思考において、悪い未来というのはあるのか」という質問に対して宮本氏が回答）中高生を対象としたワークショップでありがちなのだが、異世界転生やタイムトラベルのような科学的説明が困難な未来想定に対しては、科学的発想にもとづくように促す。
2. 「対話型AIが出力するアイデアは、SF作家から見て具体的にどのような点が魅力に欠けるのか」という質問に対して安野氏が回答）入力プロンプトに強く影響を受けた結果しか出力されなかった。入力プロンプトを反復しているに過ぎない出力もあった。プロンプトエンジニアリングの工夫次第で、よいアイデアが出力されるかも知れない。
3. （「AIはストーリーテラーになり得るのか」という質問に対して斧田氏が回答）物語生成AIは誕生するだろうけど、凡庸な物語しか生成しないのではないか。
4. （以上の質問に対して大澤准教授が回答）人間の作家には「この人の作品を読みたい」と思わせる作家性がある。物語自体が作家性の表出による人間同士の表現の交換という側面がある以上、すべてAIで生成された作品は、そうした意味での重要な価値を欠くのではないか。
5. （以上の質問に対して安野氏が回答）AIが生成する「AI美少女」を鑑賞し続けるような「無限に生成されるAIコンテンツを消費する」という文化が、小説において誕生するかも知れない。
6. （以上の質問に対して西中教授が回答）AIが進化すると、作家という職業の在り方が変わるだろう。人間の作家は、より人間からのメッセージ性や作家性に特化したような存在になるのではないか。
7. （「SFプロトタイピングにおいて、失敗を恐れずにアイデアを出すにはどのようにすれば」よいのか）という質問に対して宮本氏が回答）SFプロトタイピングはソリューションを考え出すのではなく、議論の土台を作る営み。SF作家アイザック・アシモフが提唱した有名な「ロボット三原則」はフィクションのなかで「この原則だけでは解決しない」と語られることで、議論の土台となった。
8. （以上の質問に対して清河准教授が回答）グループでアイデアを出し合うより、個々で考えたアイデアを持ち寄ったほうが案出されるアイデアが多くなることが知られている。この現象は、グループでアイデア出しをすると、他人の評価を気にしてアイデアを出せなくなるから生じると考えられる。こうしたなかSFプロトタイピングは（突飛な前提から考えるというように）作為的なプロセスが加わることで、「自分の意見を直接表明しているわけではない」という言わば発想における免責事項が生じるので、アイデアを出しやすくしているのではないだろうか。

以上のように企画セッションをまとめたことで分かるのは、現在を再定義したうえでイノベーティブなアイデアを案出する方法論としてのSFプロトタイピングあるいはSF思考は、今後ますます重要になるだろう、ということです。そして、既存のアイデアに囚われがちな人間を発想の飛躍にうながす手段としてのAIには、大きな可能性があります。こうしたオルタナティブな発想支援ツールとしてのAIには、「人間らしさ」よりも「人間らしくない知性」が求められるでしょう。人間とは異なる知性体としてのAIという観点は、大規模言語モデルの進化を考えるうえでも重要になるのではないでしょうか。

Writer：吉本幸記