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ゲーム技術が一役買ったスパコン開発史と両者が接続する未来

2022.9.29ゲーム

ゲーム技術が一役買ったスパコン開発史と両者が接続する未来

2022年8月23日から25日にかけて、ゲーム・エンターテイメント分野における最新コンピュータ技術に関するカンファレンスCEDEC2022がオンライン開催されました。8月25日には、理化学研究所・計算科学研究センターでセンター長を務める松岡 聡氏が「ゲームはスパコンの夢を見るか、スパコンはゲームの夢を見るか」と題した基調講演を行いました。本稿では同講演を要約することで、ゲーム技術がスパコン開発に果たした役割とゲームに接近しつつあるスパコンの未来を明らかにします。

TSUBAME 1.0を開発するまで

松岡氏はコンピュータ開発史と自身が研究者になるまでの経緯をまとめてから、同氏が助手や准教授であった1980年代から1990年代のスパコン開発状況に言及しました。この当時のスパコンは特殊アーキテクチャを採用しており、汎用性に乏しいものでした。1996年から東工大で研究することになった同氏は特殊アーキテクチャに限界を感じていたため、クラスタ技術によって民生品を連結してスパコンを自作することを構想しました。この構想は、同氏の研究室の学生を総動員して、さながら職人のように手作業で進められました。

松岡氏率いる研究室が自作したスパコンは、1999年から2001年のスパコンランキングトップ500にランキングするほどの性能を発揮しました。このスパコンにはAMD製のCPUが使われていたのですが、同製品を使ったスパコンとして初めてトップ500にランキングという快挙を成し遂げました。同スパコンはトップ500にランキングするだけでなく、実際に日本各地の大学研究室で科学計算に活用されました。例えば現在九州大学に所属する藤澤克樹教授は、同スパコンを使っていくつかのアルゴリズムで当時の世界記録を達成しました。

松岡研究室製作スパコンはその後も改良を続け、いつしか東工大が所有するスパコンの性能を凌駕するに至りました。そして2000年、松岡氏は東工大より同大学が管理するスパコンを製作するように命じられました。こうして開発されたのが、2006年に完成した「TSUBAME 1.0」です。同スパコンは民生品を使いながらも、ある性能指標では当時日本最高峰のスパコンだった地球シミュレータを凌駕しました。

GPUの転用で進化したTSUBAME

もっともTSUBAME 1.0の運用には、多大な電力を消費してしまうという問題がありました。この問題を解決するために松岡氏が注目したのが、GPUでした。ゲームにおけるCG処理を効率よく実行するために開発されたGPUは、大量のベクトル計算を行うスパコンの部品としても非常に優秀だったのです。こうしてGPUを並列して2010年に完成した「TSUBAME 2.0」は世界トップクラスのスパコンとなり、当時日本で稼働していた京コンピュータと性能はほぼ同等ながら、電力消費を大幅に抑えたものとなりました。

TSUBAME 2.0もベンチマークを測定するだけではなく、実際の科学計算に応用されました。応用事例のひとつとして、金属材料が結晶する過程のシミュレーションがありました。金属の特性はミクロレベルの構造に依存するのですが、当時はミクロレベルのシミュレーションが不可能と言われていました。こうしたなか、TSUBAME 2.0を使うことによって金属材料の結晶仮定のシミュレーションに成功したのでした。

TSUBAME 2.0に続いて、現在でも東工大で稼働している「TSUBAME 3.0」が製作されました。TSUBAME 3.0は、ついにスパコンの省エネ性能ランキングであるGreen500で1位となりました。もっとも、TSUBAME 3.0は民生品を組み合わせて制作するというTSUBAMEシリーズの設計思想から次第に乖離して、複雑な機構になっていきました。

AIにスパコンを使う

松岡氏は、スパコンのAI活用についても言及しました。ディープラーニングモデルの訓練のような多大な計算資源を使うAIを開発するのに、GPUを活用して計算効率を向上させたスパコンはうってつけのデバイスなのです。そうした事例には、市村 強東京大学教授が2018年に発表した地震シミュレーションがあります。

スパコンがAI開発に役立つことが判明したことによって、AI開発を目的としたスパコンを製作する機運が高まりました。こうした背景から製作されたスパコンが、ABCI(AI Bridging Cloud Infrastructure:「AI橋渡しクラウド」)です。同スパコンは東京大学柏第二キャンパス・旧ラグビー場に建設され、2017年10月30日頃から基礎工事が始まり、2018年8月には本格運用が始まりました。こうした短期間で完成した理由のひとつとして、民生GPUを活用してスパコンを製作するというかつての設計思想に回帰したことがありました。

ABCIは完成後さまざまな用途に利用されましたが、運用開始初期で注目すべき活用事例には画像認識AI開発があります。同スパコン運用開始当時、画像認識データセットのImageNetを使ったAIモデル開発競争が熾烈を極めていました。こうしたなか同スパコンを用いて富士通やSONYが一時的に世界一位のベンチマークを記録するものも、すぐにGoogleに抜かれる一幕がありました。

「頂きは高く、裾野は広い」富岳の開発

ABCI以降に開発された日本のスパコンでもっとも重要なのが、理化学研究所の「富岳」です。同スパコンは、高い計算能力と幅広い応用分野の両立というスパコンの理想を徹底的に追及するという設計思想のもとに開発が進められました。その想定応用分野には、Society 5.0のような日本の未来像に直結するものも想定されました。ちなみに「富岳」と命名されたのは、計算能力としては最高峰を目指し、活用される裾野は広いという同スパコンの理想像を富士山(富岳は富士山の異称)の姿に託したからでした。

ところで、富岳のような莫大な投資が必要な科学プロジェクトが実行される度に問題となるのが、そうしたプロジェクトを行う意義です。松岡氏は、世界トップクラスのスパコンを国家プロジェクトとして開発する意義として2つの理由を挙げました。1つ目の理由は、スパコン開発のようなムーンショットプロジェクトは、民間企業のみでは実行できないことが挙げられます。2つ目の理由として、スパコン開発は実は投資効果が高いことがあります。富岳と同等のスパコンを商用調達しようとすると、3,000億円相当を要します。対して富岳の開発費は1,100億円なので、ROI(投資利益率)は商用調達の約3倍となります。また、スパコン完成後の応用による経済効果も考慮すると、さらに高いROIが見込まれるのです。

2021年3月から本格運用が始まった富岳は、すでにさまざまに応用されています。松岡氏が挙げた応用事例には、タンパク質の構造分析、気象現象の大規模シミュレーションがあります。気象現象シミュレーションに関しては、実際に観測した気象情報と照合してシミュレーションの精度を上げていくシステムも構想されています(そのほかの富岳の応用事例については、理化学研究所・計算科学研究センターの「「富岳」ユーザーの主な研究成果」ページも参照のこと)。

以上のような富岳は、現在でも世界トップレベルのスパコン性能を維持しています。2022年5月時点で、シミュレーションを稼働させた際の性能とビッグデータ処理でそれぞれ世界1位と2冠を達成しています。また、2021年11月には、機械学習処理に関するベンチマークであるMLPerf HPCで1位となりました。

スパコンとゲームが合流する未来

富岳は、前述したように裾野を広げる活動も行っています。そうした活動のひとつには、全国の高校生が同スパコンを用いたソリューションを競う「夏の電脳甲子園」があります。こうしたコンペが開催できるのも、同スパコンが特定の目的にしか使えない特殊なアーキテクチャではなく汎用CPUを用いて製作されたからなのです。

富岳の裾野をさらに広げる活動として注目されているのが、各産業界におけるデジタルツインの構築です。同スパコンによってさまざまな物理現象のシミュレーションを構築することによって、物理世界を精密に再現できるデジタルツインが実現します。デジタルツインがあれば、物理世界で生じる問題に対して最適解を発見できるようになります。デジタルツインの構築にあたっては、AIが大きな役目を果たします。というのも、デジタルツインを構築するにビッグデータからその特徴を抽出する必要がありますが、こうした特徴抽出はAIが得意とするところだからです(デジタルツインとAIの関係については、モリカトロンAIラボ記事「AIとゲームエンジンの産業利用の最前線であるデジタルツインを解説」も参照のこと)。

富岳によって構築したデジタルツインを活用した事例として有名なのが、コロナ感染シミュレーションです。このシミュレーションに関してはマスク着用をめぐるものが何度も報道されましたが、実際には教室や電車、さらにはカラオケボックスに関する精密なデジタルツインを構築したうえでさまざまなシチュエーションにおける感染リスクを検証しました。このコロナ感染研究は、2021年にゴードン・ベル賞COVID-19研究特別賞を受賞しました。

松岡氏は講演の締めくくりとして、スパコンとゲーム技術が合流する未来について話しました。同氏によると、スパコンを制御する単位であるノードは歴史的にゲーム機とともに進化してきました。つまり、ある時代のスパコンのノードはその時代のゲーム機とほぼ同等の性能を持っていたのです。この事実を現在に則して言えば、PS5を(富岳の総ノード数である)約16万台連結すれば、富岳に匹敵するコンピュータが製造できるのです。

いわば平行進化を遂げてきたスパコンとゲーム技術は、融合する兆候を見せています。すでに述べたように現在のスパコンの活用法としてデジタルツインの構築が挙げられますが、デジタルツインをさらに進化させる方向性としてグラフィックの向上とインタラクティブ性の追加が考えられます。こうした進化を実現する手段としてふさわしいものは、ゲームをおいて他にはありません。

デジタルツイン進化の兆候は、例えばNVIDIAが開発するプラットフォームであるOmniverseで見られます。Omniverseの事例として、松岡氏はEricssonが構築した5Gネットワークのデジタルツインを挙げました。

以上のような松岡氏の基調講演からわかるのは、現実の問題を解決するスパコンとエンタメコンテンツを開発ゲーム技術は、その目的が異なるものも、最先端の計算技術を活用し続けてきた点で共通していたことです。そして、デジタルツインやメタバースの実現が真剣に語られるようになった現在、スパコンはグラフィック技術やインタラクティブ性、ゲームは高度な計算能力をそれぞれ求めることによって、両者はかつてないほど接近しようとしています。それゆえ、近い将来、技術基盤にスパコンを活用したメタバースやゲームグラフィックと見紛うばかりのデジタルツインが誕生するかも知れません。

Writer:吉本幸記

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