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【JSAI2022】AIによってPaaS化が実現した群集マネジメントの歴史と現状

2022.7.25サイエンス

【JSAI2022】AIによってPaaS化が実現した群集マネジメントの歴史と現状

6月15日の11:00から12:10、2022年度人工知能学会全国大会の招待講演「コロナと群集マネジメント ~人流研究の最前線~」が国立京都国際会館でハイブリッド開催されました。本稿では招待講演の要約を通して群集マネジメントの歴史と現状を確認し、この研究分野におけるAIが果たす役割も明らかにします。

流体力学から考察した混雑

招待講演に招かれた東京大学先端科学技術研究センター所属の西成活裕教授は、群集マネジメントが世界的な研究分野として認知された出来事として、2010年にサウジアラビアで開催された学会の回顧から講演を始めました。群集マネジメントに関する学会がサウジアラビアで開催されたのは、同国にはイスラム教の聖地であるメッカがあり、同地では巡礼時の行列から生じる死亡事故が度々起こっていたからでした。

つづいて西成教授は、群集マネジメントにおける混雑の古典的な定義に言及しました。1971年に提唱された混雑の定義は、人口密度に応じて混雑を6段階に分けるシンプルなものでした。「LOS(Level of Service)」と命名されたこの定義では、群集の動きや心理は考慮されていません。

混雑を西成教授のバックボーンとなっている流体力学にもとづいて考察した場合、密度に加えて人々の動く流量と速度が加味されます。混雑の状態を横軸に人口密度、縦軸に通行量(流量)としてグラフ化した場合、人口密度が増えるにしたがって通行量も増えます。しかし、人口密度が一定の値を超えた時、通行者は身動きがとれなくなって渋滞が発生します。こうした渋滞が生じる臨界密度は、実験して調べた結果、1.8人平方メートルであり前述のLOSの定義ではもっとも混雑しているFレベルに相当することがわかりました。

群集マネジメントからコロナ禍をとらえた場合、ソーシャルディスタンスと混雑の関係を明らかにできます。実際に人々に動いてもらう実験をした結果、WHOが提唱するソーシャルディスタンスを保てる人口密度は0.16人/平方メートル以下であり、LOSでは最も混雑していないAレベルに相当することがわかりました。

数理モデル化によって可能となった社会実装

西成教授は、群集行動を記述できる数理モデルの歴史にも言及しました。群集行動の数理モデルは複雑系がブームとなった1990年代から盛んに研究されるようになり、流体モデル、運動方程式モデル、セルオートマトンモデルなどが発表されました。第三次AIブーム以降では、過去の群集データから特徴を抽出する機械学習モデルを活用したモデルフリーアプローチも登場しました。

群集行動の数理モデルの登場により、数理モデルをコンピュータで実行して群集行動を再現するシミュレーションが可能となりました。こうした群集行動をシミュレーションするための商用ソフトはすでに多数存在するのですが、これらのソフトにおける群集挙動の捉え方は互いに大きく異なっているのが現状です。西成教授によると、群集行動シミュレーションソフトの品質を検証するマニュアルを作成中とのことです。また、今後の群集行動シミュレーションに加味すべき要素として、群集の感情やストレス状態のような心理的要素、グループ行動やリーダーの存在のような属性、行動目的が異なる個の扱いが挙げられました。

西成教授は、自身の群集マネジメント研究が未来社会創造事業に採択されたことも話しました。この事業で目指したのは、群集マネジメントを通して群集事故や混雑ストレスをゼロにして、安心快適な移動を可能とする群集誘導技術の確立でした。こうした目標を達成するために、群集マネジメントを包括的に実行できるプラットフォームを考案しました。このプラットフォームでは群集の動きを検知する「センシング」、検知した動きを入力値として未来を予測するための「シミュレーション」、予測結果を関係者に通知する「情報提供」、提供された情報にもとづいて群集を安全に誘導する「コントロール」というプロセスが実行されます。そして、これらのプロセスを反復的に実行すれば、群集事故につながるリスクを低減させると同時に群集の移動を効率化できると考えられるのです。

東京ドームプロジェクトからCMPaaSへ

以上のような群集マネジメント・プラットフォーム構築に向けて、東京ドーム周辺の人流を対象としたプロジェクトを実施しました。このプロジェクトでは、まず常設エッジカメラによる人流リアルタイム把握を行いました。具体的には、東京ドーム周辺にある駅の3か所(水道橋西口、同駅東口、後楽園)とその箇所から東京ドームに向かう経路にAIエッジカメラを設置しました。

さらに東京ドーム周辺の人流に関する予測シミュレーションも実施しました。このシミュレーションでは、複数のシミュレーターを用意してさまざまなアルゴリズムを実行できるようにしました。というのも、前述のようにそれぞれのアルゴリズムは群集行動の捉え方が異なっているので、単一のアルゴリズムに頼って人流を予測すると偏ったシミュレーション結果しか得られない可能性があるからです。

東京ドームのプロジェクトや航空機の搭乗手続きにおける人流分析を手がけた成果にもとづいて、西成教授は日本オラクル株式会社の協力を得て群集マネジメント・プラットフォーム「CMPaaS(Cloud Management Platform as a Service)」を構築しました。このプラットフォームは、群集のセンシングから予測にもとづいた情報提供までのプロセスをサーバーを中心としたITシステムとして具体化したものです。注目すべきは、群集の挙動をセンシングする「センサー&解析エッジ」にはAIカメラが実装されていることです。CMPaaSは、AIが進化して人流を検知できるようになったことで実現できたのです。

以上のCMPaaSの性能を実証するために、東京ドームにAIカメラを設置したうえで水道橋の西口と東口の人流を予測してみました。その結果、10分後の人流予測を3分以内に出力することに成功しました。こうした結果を受けて西成教授が強調したのは、AIカメラに大きな改善の余地があることでした。今回の実証実験においてAIカメラに実装したアルゴリズムは、リアルタイムオブジェクト検出でよく知られているYOLOでした。CMPaaSを本格的に活用するには、人流を制御するプロジェクトごとにAIカメラをカスタイマイズすることが望ましいでしょう。

群集マネジメントから見た日常の群集行動

西成教授は、日常のさまざまなシーンを群集マネジメントの観点から考察して群集行動を改善する事例も紹介しました。例えば、部屋の隅に出口がある場合と部屋の壁中央に出口がある場合では、どちらがより早く群集が退室できるか、というクイズを出題しました。このクイズの答えは、隅に出口があるほうが早いとなります。その理由は、隅に出口がある場合には2方向から退室者が殺到するのに対して、壁中央に出口があると3方向から殺到して混雑が生じるからです。このクイズの発展形として、3つ並んだ部屋を壁中央の出口でつないだ場合(下の画像右上)と、隅の出口2つと壁中央の出口でつないだ場合(下の画像右下)ではどちらが早く中央の部屋から退室できるか、というクイズも出題されました。

発展形のクイズの答えは、壁中央に設置した出口で3つの部屋をつないだ方が早く退室できるという(直観とはやや異なるかも知れない)ものでした。3つの出口のうち2つを隅に設置した場合、1つ目の部屋を早く退室した結果、中央の部屋で混雑が発生して退室が遅くなるのです。このクイズに見られる複数の混雑の相互作用は、建築基準法では考慮されていない可能性があります。翻ってクイズによって露わになった群集マネジメント的知見は、避難経路の設計のような人命が直接的に関わる事案に大いに活用できるのです。

西成教授は、歩きスマホが人流に及ぼす影響に関する研究事例も紹介しました。この事例では対向する二つの人流のうち一方に歩きスマホをしている人がいるという設定で、人流が交差した時に生じる群集行動の変化を観察するというものでした。こうした実験を行った結果、歩きスマホをしている人と歩行者のあいだで衝突が生じて人流が滞りました。滞りが生じたのは、歩行者が歩きスマホをしている人を避けようとしても、歩きスマホの人は回避行動に一切反応しないので回避に失敗するからでした。この実験から歩行者の回避行動には、歩行者どうしの相互予期が不可欠であることがわかりました。歩きスマホに関する研究は、2021年度イグノーベル動力学賞を受賞しました。

招待講演の最後で西成教授は、「群集マネジメント市場」の形成に関する展望を語りました。この市場は群集マネジメントに関する専門知識を有する群集マネージャーのようなヒト、群集マネジメントの知見が活用された公共施設のようなモノ、そしてCMPaaSのようなサービスから成り立ちます。実際にこの市場が誕生したあかつきには、例えばイベント企画会社の就職には群集マネージャーの資格を持っていると有利になる、といったことが起こるかも知れません。

招待講演終了後には質疑応答の時間が設けられました。オンラインの視聴者から機械学習モデルによる群集行動予測の研究はどの程度進んでいるのか、という質問がありました。この質問に対して西成教授は、機械学習モデルによる群集行動予測研究は近年盛んであるものも、学習データが不足しているために従来のルールベースの予測モデルを超える精度を実現できていないと答えました。学習モデルが不足している理由は、群集に関するデータは個人のプライバシーが関わるので簡単に収集できないから、とのことでした。しかし、将来的に学習データが整備されたうえで群集の特徴を表現するような何らかのフレームがわかれば、機械学習モデルによるアプローチで大きな成果が得られるのではないか、とも同教授は答えました。

西成教授が語った群集マネジメントは、その応用範囲が非常に身近なシーンに及んでいることから今後大きく発展する可能性を秘めていると考えられます。そして、同教授が構想しているような群集マネジメント市場が誕生して成長する過程において、群集をセンシングするAI技術と群集行動を予測する機械学習モデルが進化することでしょう。

Writer:吉本幸記

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