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20年前に遺伝的アルゴリズムを初めて組み込んだ農業ゲーム『アストロノーカ』が蒔いた種

2019.4.17ゲーム

20年前に遺伝的アルゴリズムを初めて組み込んだ農業ゲーム『アストロノーカ』が蒔いた種

人工知能(AI)の技術がデジタルゲームへ応用され始めて、40年近くが経とうとしています。人の手によって生み出されたゲーム世界をコントロールする知性としてのゲームAIは、プレイヤーの対戦相手を演じる単純なパターンAIにはじまり、レベルの自動調整やダンジョンの自動生成といったゲームシステムを生み出し、3Dグラフィックや一人称視点の登場を経て構造化され、そしてハードウェアの急速な発展によりゲームキャラクターに自立型エージェントという新たな生命を吹き込みました。

そんなゲームAIをめぐる変革の歴史の中で、近年では、あまり多くは語られないAI研究の分野が、遺伝的アルゴリズムです。最近注目を浴びている機械学習のひとつである強化学習については、囲碁で世界の頂点に立ったDeepMindの「AlphaGo」に続いて、世界最高峰のe-Sportsトーナメント「The International 2017」にて、オンライン対戦ゲーム『Dota 2』(2013年、Valve Corporation)のトッププレイヤーを1対1の試合で完膚なきまでに叩きのめしたOpenAIの躍進が大きな話題になりました。

また、最近ではDeepMindの「AlphaStar」がリアルタイムストラテジー『スタークラフト2』(2010年、ブリザード・エンターテイメント)のプロプレイヤーを人類史上初めて屈服させました。こうしたボットは、あくまでもゲームの外側でスポットライトを浴びてきました。しかし、オンラインゲームやeSportsが広く普及するはるか以前、今から20年も前に遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm、略称GA)をゲームシステムに応用した例があります。それがムームーとシステムサコムが開発し、1998年にエニックス(現スクウェア・エニックス)から発売された育成シミュレーションゲーム『アストロノーカ』(1998年、エニックス)です。機械学習という数学的ダイナミクスをゲームAIへ組み込むという行為は、専門知識と創造力の両方が求められることから、学術研究との連携が難しかった当時のゲーム業界では非常に稀なケースでした。

遺伝的アルゴリズムをゲームへ応用した初の事例

2019年1月15日、前年8月で『アストロノーカ』が20周年を迎えたことを記念して、当時の制作陣が一堂に会するメモリアルトークイベント「アストロパーティー2019」が開催されました。登壇したのは、当時ムームーで同作のゲームデザインを手がけ、現在はモリカトロンAI研究所の所長を務める森川幸人氏に加え、プロデューサーを務めたスクウェア・エニックスの齊藤陽介氏と、当時のアシスタントプロデューサー成沢理恵氏。さらに、スクウェア・エニックスでAI研究に従事し、これまで人工知能に関する数々の著書を執筆してきた三宅陽一郎氏も参加しました。そこで語られたのは、カジュアルなゲームグラフィックの裏に隠されたアカデミックとしての遺伝的アルゴリズムそのものでした。

 

「アストロノート」(アメリカで訓練を受けた宇宙飛行士を指す)と「農家」というコンセプトを融合して生まれた『アストロノーカ』は、その名が示すとおり宇宙で野菜を育てることが目的の農業シミュレーションゲームです。その中で、ユニークな見た目の宇宙野菜を栽培するプレイヤーの前に立ちはだかるのが、作物を狙って何度も畑を荒らしにくる害獣「バブー」です。この愛くるしい敵キャラクターこそ、遺伝的アルゴリズムに基づいたゲームAIを搭載し、ゲーム中に進化を繰り返す影の主人公です。

プレイヤーはバブーが襲来するたびにトラップを仕掛けて応戦します。見事バブーを撃退できれば無事に野菜を収穫できますが、突破された場合は大切に育てた作物を食べられてしまいます。いずれの結末を辿っても、バブーは自らの経験から学習し、獲得した情報は次の世代へ受け継がれていきます。

たとえば、落とし穴に引っかかったバブーは、穴を飛び越えるために脚力を向上させたり、体重を減らしたりして、自らの身体能力を順応させようとします。また、立ちはだかる塀を前にした際には、迂回したり飛び越えたり破壊したりと、多様な戦略を獲得します。そして、はじめはカカシに怯えていた個体がやがては素通りするようになるなど、トラップへの耐性も世代とともに培われていきます。

蝿の天国という環境問題から着想を得た

こうしたバブーの進化は、身体能力、トラップに対する戦略、トラップへの耐性という3つの要素を各パラメータ8ビット、全遺伝子長352ビットの情報として記録し、選択・交叉・突然変異の遺伝的操作を繰り返す遺伝的アルゴリズムによって再現されています。森川氏らによると『アストロノーカ』の主柱ともいえるこのゲームデザインは、かつて生ごみの埋め立てによりハエの天国と称された、夢の島における環境問題から着想を得たとのことです。

もともと太平洋戦争が勃発する以前、飛行場建設を目的に東京湾の埋め立てによって生まれた夢の島は、戦後東京で急増し始めたごみの処分場として利用されるようになりました。しかし、清掃工場の建設が追いつかなかったことから、大量のごみを 未焼却のまま埋め続けた結果、夢の島には生ごみの発酵分解によるガスが充満。悪臭や自然発火、ハエの大発生を招くことになります。その際に駆除のために散布されていた殺虫剤と、短期間で世代交代を繰り返すハエへの遺伝的影響が、バブーの進化のコンセプトになっています。

ちなみに、一般的に誤解されがちですが、進化という過程に必ずしも目的という概念は存在しません。キリンの首は高所の葉を食べるために伸びたわけではなく、突然変異の結果に伴った自然選択に過ぎないといわれています。こうした現象を、リチャード・ドーキンスは”盲目の時計職人”と比喩しており、それは『アストロノーカ』におけるバブーのトラップバトルにも当てはまると考えられます。つまり、バブーはトラップを突破するという明確な目的が前提にあって進化しているのではないとも解釈できます。

人工知能とゲームデザインを融合させた種

このようにバブーのパラメータは一般的なゲームの敵キャラクターとは異なり、プレイヤーの意思決定に依存して変化していくことから、同作のデバッグやバランス調整は困難を極めたと、齊藤氏は当時を振り返りました。基本的にバブーは世代を経るごとに屈強になり、あらゆるトラップへの耐性も身につけていくため、究極的にはプレイヤーの手には負えない存在となるからです。

そこでデバッグを担当したスタッフが考案した対処方法が、あえてトラップによる撃退を試みず、バブーに満足いくまで野菜を食べさせる戦略でした。バブーは失敗だけでなく成功による慢心も学習します。こうした意図的にバブーの強化を停滞させる攻略法が、バブーとの共存という価値観を生んだと齊藤氏は語りました。

それは、「ユーザーが進化を肌で感じられるゲーム性の実現」と森川氏が述べる設計理念へとつながります。バブーは何を受け入れ何を拒むのか。プレイヤーの意思決定が、自らの観測範囲内で突然変異を誘発するようにデザインされているのです。

『アストロノーカ』が発売当時はまだ学生だったという三宅氏は、「これこそがAIとゲームデザインの融合である」と称賛します。事実、三宅氏は後の2008年に人工知能学会へ発表した論文「デジタルゲームにおける人工知能技術の応用」の中で、『アストロノーカ』は統計的に緩慢な進化をシミュレーションゲームへ取り込むことに成功した初の事例であると、森川氏の功績を紹介しました。

 

1998年当時は、ゲームAI開発技術の文書化や産学連携といった土台が今ほど確立されておらず、ゲーム業界においてAIは影の存在だったといっても過言ではありません。しかし、20年の時を経て初めて公開された『アストロノーカ』の開発資料からは、数式や関数が宿すアカデミックの炎が燦々とゲームAIの過渡期を照らしていた事実が伝わってきます。

同作はAI研究の分野で高く評価されたことはもちろん、ゲームAIという肥沃な大地にも人工知能とゲームデザインを融合させる種を確実に蒔いていたのです。AIというキーワードが身近なテクノロジーとして日常へ溶け込んだ今、「アストロパーティー」というタイムカプセルから、その芽が確認できたことの意義は大きいでしょう。

Writer:Ritsuko Kawai

20年前に遺伝的アルゴリズムを初めて組み込んだ農業ゲーム『アストロノーカ』が蒔いた種

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