CGへの扉 Vol.70：OpenAIの12Daysを振り返り、アルトマンの思想とAI業界の栄枯盛衰を考察する

いきなりの12日連続発表で業界騒然、異例尽くしの「12 Days of OpenAI」

12 Days of OpenAI：https://openai.com/12-days/

2024年12月初旬、突如としてSNSを賑わせた「12 Days of OpenAI」。この連続発表イベントは、AI業界にとどまらず広く注目を集めました。その発表スタイルや広報戦略はAI企業としても一般的な企業としても大変特殊で、これまでのOpenAIの活動からは異例とも言える発表でした。

「12 Days of OpenAI」は、一般的な旧来メディアは無視、SNS先行のゲリラ的発表イベントでした。まず注目すべきは、予告なしにSNS上で突然発表が始まった点です。これまでのOpenAIの大きな発表は、公式ブログやプレスリリースで事前に詳細を告知するのが通例でした。けれども今回は、X（旧Twitter）やYouTubeを中心にごく普通のSNSプラットフォームで12日間連続で発表が行われました。

この奇妙な発表戦略は「リアルタイム性」や「新鮮さ」を意図したものだと考えられます。OpenAIのライバルであるGoogleへの牽制の意味もあったかもしれません。なので今回は特にテック業界のインフルエンサーや開発者コミュニティの間で話題が拡散しやすい特性を狙ったのでしょう。ゲリラ的とも言えるこの手法は、フォロワーに対して「続きが気になる」という心理的な引力を与え、イベント全体への注目度を高める効果がありました。

「期待感の高まったユーザーからの生のリアクション」がSNS上で形成される流れをも生み出しました。例えば「Day 3」の動画生成ツール「Sora」の発表では、SNS上でサンプル動画がユーザーによって共有され、その直後にテック系メディアが反応するという通常とは逆の情報拡散の構造が見られました。今回の発表方法は驚かれながらも、一定の成功を収めました。今後、こういったタイプの発表スタイルをとる企業やテクノロジーが増えてくるかもしれません。

1. 計画的で連続した「情報の小出し」で注目を維持する
2. 開発者コミュニティとのインタラクティブ性をもった発表でファンを増やす
3. 大小ふくめて12日連続の発表で、製品ラインナップの多様性を強調
4. 他のAI企業に対して、競争優位性の確保

このような「ユーザー発信」から「メディア報道」という流れは、製品そのものの魅力が直接評価される形を意図したと考えられます。今後は各種AIテクノロジー、AIサービスは「良いものを作れば世界に受け入れてもらえる」という構図からブランドや拡散の戦略をもって発表、告知していく重要性がますます高まってきたともいえます。

2024年12月5日から12月20日までの平日、1日ごとの発表内容を振り返ってみましょう。

Day 1（12月5日）：新モデル「o1」の正式リリースと「ChatGPT Pro」の発表

o1モデルの正式リリース: 従来のプレビュー版から改良され、推論能力が大幅に向上しました。特に、数学的問題やプログラミングタスクにおいて高い性能を発揮し、画像のアップロードと画像の解析もサポートしています。

ChatGPT Proの導入：月額200ドルの新プランで、APIアクセスや高速応答、専用サポートが提供されます。特に、o1モデルやGPT-4oの利用回数制限が撤廃され、Advanced Voice Modeの利用も無制限となりました。月額200ドル支払える人と、支払えない人との格差を生んでしまうとの議論も巻き起こりました。

Day 2（12月6日）：強化学習型ファインチューニングプログラムの開始

Reinforcement Fine-Tuning（RFT）プログラムの発表：少量のデータで特定の目的に特化したAIモデルを構築する技術で、
教育、医療、金融など多様な分野での応用が期待されています。OpenAIはこの技術を研究者や企業向けに提供し、2025年初頭の一般公開を予定しているとのこと。

Day 3（12月9日）：動画生成AI「Sora」の一般提供開始

Sora Turboのリリース: テキストや画像から最長20秒のHD動画を生成でき、1080pの高画質出力に対応しています。生成速度は従来比で3倍に向上し「Storyboard」機能によりタイムライン上での動画生成と編集が可能。生成された動画には電子署名と透かしが自動的に付与され、著作権保護やフェイク動画対策に役立ちます。ChatGPT PlusおよびProユーザーは追加料金なしで利用可能です。

Day 4（12月10日）：Canvas機能の全ユーザーへの開放と新機能の追加

Canvasの一般公開: 文章やコードの編集を支援する「Canvas」機能が全ユーザーが利用できるようになりました。これにより、生成した文章やコードをピンポイントで修正・編集することが容易になりました。

Day 5（12月11日）：Apple製品との融合

音声アシスタントSiriとの連携 : iPhone、iPad、Mac上でSiriを通じてChatGPTを利用できるようになりました。これにより、音声アシスタントを介してChatGPTの存在を意識することなくシームレスに活用できます。

Day 6（12月12日）：Advanced Voice Modeにビデオ通話と画面共有機能を追加

Advanced Voice with Videoの導入：音声モードにビデオ通話や画面共有機能が追加され、より情報量の豊富なコミュニケーションが可能になりました。50か国語以上に対応しています。

Day 7（12月13日）：Projects機能の追加

Projectsの導入：チャットやファイルを整理・カスタマイズできる「Projects」機能が追加されました。
これにより、関連するチャットやファイルをまとめて管理し、取り扱いやすさ、生産性の向上が図られます。

Day 8（12月16日）：検索機能の強化

ChatGPT Searchの強化：リアルタイム情報へのアクセスを改善した検索機能が強化され、音声検索にも対応しました。これにより、情報収集がより迅速かつ効率的になりました。Googleの大黒柱である「検索」、検索連動広告のビジネスの土台が揺らいできたともいえます。

Day 9（12月17日）：開発者向け機能の強化

API版o1のリリース: API版のo1モデルが新機能とともに最上位ライセンスTier 5の大規模開発者向けに提供されました。これにより、開発者は自身のアプリケーションに最新のAI機能を統合しやすくなりました。新しいファインチューニング手法の導入: 開発者向けに新しいファインチューニング手法が提供され、特定のニーズに合わせたモデルのカスタマイズが容易になりました。

Day 10（12月18日）：電話とメッセンジャーアプリWhatsAppを通じたChatGPTの利用（米国限定）

電話版ChatGPTの導入：米国限定で、電話番号「1-800-ChatGPT」を通じてChatGPTを利用できるサービスが開始されました。アカウントや利用料なしで毎月15分まで通話が可能です。これまでスマートフォンやパソコンを使いこなしていたユーザー限定だったChatGPTが多くの人々へ広まります。地味で、古い技術の応用ではありますが、広い年齢層に向けた効果の高いアプローチだと感心しました。WhatsAppとの連携: WhatsAppを通じてChatGPTとメッセージのやり取りが可能になりました。

Day 11（12月19日）：Mac版ChatGPTアプリのアップデート

ChatGPTアプリの機能強化: Mac版ChatGPTアプリがBBEditやMatLabなどエディタアプリと連携可能になり、コード編集やデータ解析の効率が向上しました。

Day 12（12月20日）：次世代AIモデル「o3」とその軽量版「o3-mini」

o3, 軽量o3-miniのリリース：高度な推論能力をもつo3は、前世代モデルであるo1と比較して、数学的問題やプログラミングタスクにおいて大幅な性能向上を実現しているとのこと。o3-miniは、o3の性能を維持しつつ、より低コストで高速な処理を可能にしたモデルです。安全性の強化: 新たに「Deliberative Alignment」というAIシステムの行動や出力が人間の価値観や意図と整合性を持つようにするための技術を導入し、AIの出力内容の安全性と信頼性を高めています。

OpenAIサム・アルトマンの根底にある考え方

怒涛の12日連続発表の後、OpenAIのトップ、サム・アルトマンが2025年1月にブログで公開したエッセイで、OpenAIの運営の根底に流れる自身の考え方・行動指針を示しました。サム・アルトマンはこれまで数多くのスタートアップに関わっており、
多くの失敗を乗り越えたきた上での現在の成功があると考えることができます。

スタートアップ創業者たちがカップラーメンのような安価な食事で生計を立てられる程度の利益を確保する、つまりは「大きな資金調達なしに自力で事業を継続できる状態」という意味を持った、ラーメン指標（Ramen Profitability）の由来もサム・アルトマンです。

Reflections：https://blog.samaltman.com/reflections

1. 時間の有限性と焦らず長期的な視点で
2. 大きなリスクを取ることの価値
3. 自分の信じる道を貫くことの大切さ
4. ミッション・ドリブンな仕事選び
5. 生涯、学習と成長を続けること
6. 優秀な仲間との関係構築とそこからの刺激と学び
7. 失敗に対するポジティブな捉え方
8. 「一点集中」と「やらないことを決める」重要性
9. 好奇心と探究心を大事にする
10. 楽観主義と社会への貢献

「Reflections」は、サム・アルトマンが若いころまで遡り、彼自身の人生観・仕事観を振り返り、そこから得た洞察をまとめたエッセイです。上記のような行動指針は、「時間を大切にしながら、自分が本当にやりたいことにフォーカスし、リスクを恐れずに挑戦する」という大きな流れで一貫しています。こういった姿勢が、OpenAI の設立・運営などの活動にも反映され、現在も本人がしばしば口にするテーマとなっています。

こういった考えが構築された背景として、SF小説からの影響をいくつかのインタビューで述べています。

『ファウンデーション』アイザック・アシモフ著：
数千年の文明の興亡をテーマに、知識と予見の役割、先見性について洞察を提供するSFの古典的シリーズ作品です。
映像化作品がAppleTV+で配信中。

『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー著：
技術と条件付けによって形成された未来社会を描いたディストピア小説で、個性や自由についての深い考察がなされています。

『優しき誘惑』マーク・スティーグラー著：
ナノテクノロジー、人工知能（AI）、ポストヒューマンの進化
といったテーマを扱いながら「技術の進化が人間の生き方や価値観にどのような影響を与えるのか」を考えさせる内容です。

これからはAIのトップランナーとなるためには、SF的発想、SF小説を読んでおくのが基礎的素養になってくるのかもしれません。

勢力図の変化？：米国VS中国、商用VSオープンソース、巨額の資金VS小規模な資金、DeepSeek VS GAFAM

2025年1月27日、DeepSeek社よりDeepSeek-R1が発表されました。OpenAIの「o1」と同等の性能を持つ大規模言語モデル（推論モデル）です。これにより今までのように高性能なGPUを必要としないのではないかと市場は考え、NVIDIAの株価が大暴落するなど、AI業界に激震が走りました。

DeepSeekは中国の投資会社であるハイフライヤー・クオント（幻方量化）が全額出資した新興のAI企業で、少数の優秀な技術者を集め、AIの第一線を突っ走るGAFAMと呼ばれる米国大手IT企業とは別のアプローチで世界を驚かせました。

これまで、AIのトレーニングや推論には膨大なコンピューティングパワーが必要とされていました。例えばイーロン・マスクが率いるAI企業「xAI」では、NVIDIAの最新GPU H100を10万台、H200を5万台用意して研究開発を進めているといわれています。しかし、米国政府は、先端技術が中国の軍事的利用に供されることを防ぐため、NVIDIAの高性能GPUであるA100およびH100の中国への輸出を禁止しています。

現在の中国では性能が抑えられた（いわゆる）型落ちのA800やH800といったGPU機器しか入手できないといわれています。そういった環境下で、中国企業であるDeepSeekは、貧弱なコンピューティング環境でも工夫によって高性能な大規模モデルを開発できることを示した一例となります。最近の大規模言語モデルの構築には数百億円から数千億円必要だと言われるなか、DeepSeekは約560万ドル（約9億円）で今回の大規模モデルを構築したとのこと。

巷では「Meta（旧Facebook）のAI関連社員の人件費にも満たない資金」だと揶揄されたりもしました。実際のところDeepSeekは非公式なルートで購入した大量のH100を所有しているとも言われ、真偽のほどは定かではありませんが、従来に比べて圧倒的な低コストで安価に性能を導き出しているのは確かです。

DeepSeekが実現できた性能を理解するために、Googleが開発した囲碁AI、2017年に登場したAlphaGo と AlphaGo Zeroとの違いを認識する必要があります。AlphaGoは、教師あり学習 + 強化学習で構築され、最初に人間の棋譜、つまりプロ棋士の膨大な対局データを使用してトレーニングされました。その後の強化学習、自己対戦によりさらなる強化を行ったのが AlphaGoの仕組みです。この段階でも人間の世界ランキング１位のチャンピオンを凌駕する性能であったことは、記憶に新しいのではないでしょうか？

AlphaGo Zeroはその後、開発が進められたAIで、AlphaGoとはアプローチが異なりました。囲碁のルールだけを教えこみ、自己対戦のみだけの完全な強化学習で人間の棋譜を一切使わないという方法を取りました。囲碁のルールだけでゼロから学習し、自己対戦を繰り返しながら成長していった結果、人間が思いつかないような戦法や手法が編み出され、AlphaGoの性能を凌駕したのです。

つまりは人間が積み重ねてきた「こうすれば強い」と考えていることを完全に無視して「強化学習」だけで高性能なAIが作られるということです。DeepSeekにも同じことがいえ、思考の過程などで複雑なことをせずに、ひたすら強化学習を進めることで、安価で高性能なAIを生み出したのです。

これはGAFAMによって大変な脅威で、どんなに高性能な大規模言語モデルを生み出したとしても、そのAIが導き出す正答をベースに強化学習されてしまうと、安価に同等のものが提供できてしまうということです。実際にはそう単純にはいきませんが、内部構造や答えを出すまでの過程が公開されていないOpenAI他のAI企業に対して、規定のライセンス下においては改変や再利用が可能ないわゆるオープンソース的な考えで公開されたDeepSeekの存在は大変な脅威です。

また今後は多くのAI企業がDeepSeekのコスト節約の手法を取り入れていく可能性も考えられます。DeepSeekは大規模言語モデル「DeepSeek-R1」やマルチモーダル画像生成AIモデル「Janus-Pro」をオープンソースとして公開しています。これらのモデルは比較的制限のゆるいMITライセンスの下で提供されており、商用利用や改変が自由に行えます。現にいくつかの日本企業はDeepSeekをベースに日本語に関する追加学習をしたり、さまざまな活用、応用がいち早く進められています。

DeepSeek-R1：https://github.com/deepseek-ai/DeepSeek-R1

AIの進化は、技術面だけでなく、開発者や研究者をどれだけ巻き込むことができるかによっても加速していきます。DeepSeekの登場により、GAFAMが支配するAI市場に変化が生まれるのか、それとも新たな競争が激化するのか。NVIDIAの高性能GPUチップはこれからも大量に供給され続けるのか？これまでGoogleというライバルがいつつも、実質一人勝ちだと思われていたOpenAIの牙城も、堅牢堅固ではないことがわかり、AIは移り変わりの激しい世界であるとともに、可能性がまだまだ秘められていることが期待されます。

本連載の今後の予定：「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。何か取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

CGへの扉：

Vol.69：AIが制作にも研究にも浸透。SIGGRAPH Asia 2024を振り返る

Vol.68：AIの価値はクリエイティブの試行錯誤の回数と速度

Vol.67：AdobeMAX 2024開催。生成AIの近未来「Sneaks」の驚き

Vol.66：偶然に任せない、生成AIにおける演出・調整の可能性

Vol.65：CGの祭典SIGGRAPH2024におけるAI活用の潮流

Vol.64：不祥事とは無縁、生成AIが生み出す広告映像の違和感

Vol.63：ライバル？ いえいえ思想が違います。Google I/O、Apple WWDCにみるAI戦略の違い

Vol.62：AIによるフェイク画像さえも新しい表現方法に

Vol.61：AIの影響を受ける素材ビジネスの生存戦略

Vol.60：AIは世界を認識したのか？ Soraが描き出す物理世界

Vol.59：生活に浸透するAI、身の回りの「弱い」AI

Vol.58：生成AIによる映画産業の業務の置き換えはどこまで可能か？

Vol.57：AIを活用したCG論文紹介 #SIGGRAPHAsia2023 より

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Contributor：安藤幸央