戦術分析からコーチングまで。スポーツ業界をアップデートするスポーツAI

2023.7.25先端技術

近年スポーツ業界においても、AIの活用が進んでいます。モリカトロンAIラボでは以前にサッカーの戦術を分析するAIを紹介しましたが、現在はコーチングや選手契約時の適正市場価格の予測などのように活用範囲が広がっています。そこで本稿ではスポーツAI市場の動向を確認したうえで、国内外のスポーツAI最新事例を紹介します。

参考記事：サッカーの戦術分析にも活躍。AI活用の新たなフロンティアとしての（e）スポーツ分析

2030年には192億ドル規模に

アメリカの調査会社Allied Market Researchが2022年2月に発表したスポーツAI市場に関するレポートによると、同市場の規模は2020年には14億ドルでしたが、2021年から2030年までに年平均成長率30.3%で成長し、2030年には192億ドルに達すると予測されています。スポーツAI市場は、ソフトウェア部門とサービス部門に大別されます。現在はソフトウェア市場のほうが大きいものも、サービス部門も今後成長すると予測されます。2030年にはどちらの部門も大きく成長していますが、やはりソフトウェア部門がサービス部門を大きく上回ります。

成長が見込まれるスポーツAIの応用分野はふたつあり、1つ目は戦術分析AIをはじめとするアスリート支援AIです。戦術分析AIに類似したものには、パフォーマンス測定AIがあります。このAIはIoT機器をはじめとした測定デバイスから収集した運動データを解析して、アスリートの特徴を把握するのに役立ちます。試合中のアスリートの状況を認識するAIカメラは、試合の分析だけではなくハイライト動画の制作にも役立っています。

2つ目の成長分野は、アスリートとファンを結びつけるソーシャルAIです。具体的には、チームやアスリートのソーシャルアカウントの自律的運用を可能とするチャットボットやバーチャルアシスタントが該当します。こうしたソーシャルAIの導入により、アスリートはファン対応に大きな時間を割くことなく、競技に集中できるようになります。ソーシャルAIは、いわゆる「炎上対策」にも寄与します。

スポーツAI市場を地域別に見ると現状もっとも大きいのは北米市場であり、Microsoft、IBM、SASなどがこの市場を盛り上げています。しかしながら、今後大きな成長が見込まれるのは、日本をふくむアジア太平洋地域だと予想されています。

IBMはウィンブルドン選手権を30年以上技術支援

以下では、スタートアップから大手まで、さまざまな海外企業から提供されているスポーツAIを紹介します

2021年創業のProFitXは、NBAプレイヤーのパフォーマンス分析と予測にAIを活用しています。例えば各NBAプレイヤーのプレイの特徴を抽出したうえで、プレイの相性の良い2名あるいは3名のプレイヤーの組み合わせを提案するAIモデル「プレイヤーシナジー」、プレイ実績と年俸などの財務データから各NBAプレイヤーの次の2シーズンの適正市場価格とパフォーマンスを予想するAIモデル「キャリアアウトルック」などがあります。また、NBAの戦況を将棋の試合中継のようにポイント化して形勢を分析したうえで、どちらのチームが勝利するかAIが予測するサービス「スポーツ確率プラットフォーム」も提供しています。

IBMは、30年以上にわたりウィンブルドン選手権の技術パートナーを務めてきました。2023年大会に導入した新規技術サービスをまとめた同社ブログ記事によると、同大会からハイライト動画にAI音声による解説が追加されました。この音声は、同社が提供するAIプラットフォームWatsonxを活用して開発されました。開発にあたっては、ウィンブルドン選手権で使われる特徴的な表現を使えるようにAIモデルを微調整しました。そのほかにも出場選手のプレイなどを分析して、試合における各選手の有利不利のレベルを1から128の段階で予測する「AIドロー予測」や、トーナメントにおける各選手の進路を予測する機能「勝利への道」も提供されました。

2020年創業のAthletica社が提供するAI駆動型コーチングアプリ「Athletica」は、ユーザのトレーニングメニューを提案します。具体的にはユーザの身体情報やトレーニング履歴と、試合日などのトレーニング目標日を設定すると、目標日までのトレーニングプランを提案します。提案されるプランは、目標日に最大のパフォーマンスを発揮するようにオーバーワークとならない最適な内容となっています。明確な目標日がない場合でも、健康を維持することを目的としたトレーニングプラン「Train to Train」を提案できます。このプランは、アスリートのオフシーズンにおけるトレーニングにも活用できます。

カーリングの戦術分析が可能な施設も誕生

スポーツAIは日本国内でも多数の事例があるので、以下に紹介します。

北海道北見市にあるアルゴグラフィックス北見カーリングホールは、北見工業大学の研究成果を実用化したカーリングの競技力向上支援システムが設置されています。このシステムは10種類の支援システムから構成されており、そのなかには競技者の動作をトラッキングする「モーションキャプチャシステム」、競技者とストーンの位置を認識したり、ストーンの軌跡を生成したりする「画像解析システム」があります。「AIシミュレーションシステム」は、戦況に応じてAIが最適な戦術を提案するというものです。ちなみに、カーリング戦術支援システムには、北海道大学律系工学研究室が研究している「カーリングAIじりつくん」があります。

NTT Sportictが提供するスポーツ用AIカメラ「STADIUM TUBE」とは、ボールや試合のルールを学習したAIカメラが自動的にスポーツの試合を撮影するというものです。AIが自動的に選手やボールを追跡するので、スポーツに精通した人間のカメラマンが撮影したようなアングルやフレーミングとなります。このカメラを導入すれば、低コストで試合動画の撮影・配信が可能となります。また、撮影動画を利用して戦術確認などのコーチングにも活用できます。2023年6月には最新モデル「Pixelllot S3」がリリースされました。

ソフトバンク株式会社が2022年３月31日にリリースしたスポーツAIアプリ「AIスマートコーチ」とは、ユーザの動作を撮影した動画とお手本動画を比較することで動作を改善するというものです。動画の比較に際しては上下に並べたり重ねたりして表示する方法のほかに、AIが各動画の腰や手足などの骨格にマーキングして比較する「AI骨格解析」もあります。同アプリを特集した2022年8月公開のマイナビニュースの記事では、同社でコーチング支援課担当課長を務める山口力也氏が、同アプリによってスポーツの指導者が不足している地方スポーツの問題を解決したい、と語っています。