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ゲームにおける環世界とは何か?:ゲームAI開発者 × 生物学専門家による座談会「生物とAI」 前編

2021.3.30サイエンス

ゲームにおける環世界とは何か?:ゲームAI開発者 × 生物学専門家による座談会「生物とAI」 前編

19世紀から20世紀ドイツの生物学者、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルは、すべての動物は種特有の知覚世界をもって生きていると説き、環世界という概念を提唱しました。それぞれの動物による知覚と作用の総体こそが、その動物にとっての環境であるという考え方は、哲学的人間学に多大な影響を与え、近年ではビデオゲームにおけるキャラクターの人工知能をつかさどる、エージェントアーキテクチャという枠組みを支えています。

今回、ゲームAIと生物学双方の分野から専門家をお呼びして、「生物とAI」というテーマのもとで座談会を実施しました。メンバーは、ゲームAI研究者の三宅陽一郎氏、国立環境研究所で昆虫の生態系を研究する坂本洋典氏、環世界を専門とする研究者の釜屋憲彦氏、モリカトロンAIラボ所長の森川幸人氏。モデレーターとして、スクウェア・エニックスでゲームAIの開発に従事する水野勇太氏が参加しました。

ゲームにおける環境とは

水野勇太氏(以下、水野):本日は、坂本さんと釜屋さんには生物学や生態学の知見から、森川さんと三宅さんにはデジタルゲーム開発の知見から、お話を聞かせてください。釜屋さんがご専門とされている環世界という概念は、デジタルゲームと生物学をつなぐ要素として、森川さんと三宅さんにも縁が深いのではないでしょうか。まず、環世界について改めて説明していただけますか。

釜屋憲彦氏(以下、釜屋):環世界とは、生物の主観的な世界のことです。種によって知覚器官や体の仕組みは異なります。すると、それぞれの種によって身のまわりを取り巻く環境の感じ取り方は異なり、種固有の現実を生きていると考えることができる。例えば、目の前にネコがいる。私たちは当然のようにそのネコと同じ世界を生きていると思います。けれども我々が共有しているのは物質的な環境だけであって、ネコが主観的に経験している「ネコ的な環世界」ではないというわけです。

もともとは、人間にとって現実とは何かという哲学者カントの問いが出発点です。その考え方をユクスキュルが他の種へ適用し、環世界という概念を提唱しました。環世界は、生物学や動物行動学だけでなく、人文学や哲学、芸術、デザイン等、幅広い分野に影響を与えています。100年ほど前の古典的な概念ながら、ますますその影響力は強まっているように感じます。私たちの想像力を掻き立てる、普遍的で魅力的な世界の見方です。

坂本洋典氏(以下、坂本):私の研究対象は昆虫がメインなのですが、チョウやカブトムシの顔をのぞくと、多数の目が集まって、複眼というひとつの目を構築しているのがわかります。こんな目から見えている世界は、私たちが認識している世界とはまったく異なると実感させられることが常ですので、とても納得しやすい概念です。昆虫の話を少し続けると、アリは人間と同じように社会を作って暮らす昆虫ですが、地中が主な生活場所です。そのため、視覚よりも、身体から分泌される化学物質や、足から伝わる振動といったものによってアリは他者を認知し、コミュニケーションをとっています。当然、そうした感覚は人間が実感することはできません。アリと人間とでは感じている世界がまったく異なるということですね。

三宅陽一郎氏(以下、三宅):人工知能の開発には、収集した情報をもとに世界を再構築するという工程が欠かせません。人間は視覚に大きく依存する生物なので、多くの場合、視覚情報を中心に構築された世界を表象しています。アリが頭の中に再現している世界は、果たして人間が感知している空間のようなものなのか、それとも私たちには想像もつかない世界なのか。とても興味があります。

森川幸人氏(以下、森川):ゲームキャラクターの生き物らしさは昔からずっと求められてきたけど、そのほとんどは見た目だけの生き物らしさに過ぎないんですよね。生き物が環境から影響を受けたり、環境へ影響を与えたりといった、環世界の概念に通じる部分はほとんど考慮されてきませんでした。ただ見た目だけを生き物っぽくしているだけで、一番面白いネタである生物の本質を完全に見失っているように思います。

アリのような社会性昆虫は集団としての振る舞いにこそ魅力があるので、個体としてのキャラクターを作っても本質的な部分は描けないんですよね。『シムアント』(1991年、マクシス)はそこを追求していたけど、もうちょっと発展して欲しいという想いはあります。生物の本質をエンターテイメント作品として成立させるのが難しい部分で、次世代におけるゲーム開発の課題といえるのではではないでしょうか。ちなみに私も過去にアリを題材にしたゲームの開発を5回くらい提案して、すべて不採用になった経験があります。

三宅:生態系はシミュレーターとしては面白いんだけど、ゲームとして成立させるにはユーザーのアクションによるリターンが必要なんですよね。プレイヤーが神の視点で家を建てたり、文明を発展させたりできる『シムピープル』(2000年、マクシス)や『シヴィライゼーション』(1991年、マイクロプローズ)といった作品もあるけど、生態系を上手くデザインしたゲーム作品の前例はほとんどありません。生態系のメカニズムをゲームに組み込めたとしても、それをユーザーに伝えるのが難しいんですよね。

例えば、モンスターがプレイヤーを襲ってくるような状況で、それが生態系に基づいた理由で行われるのか、それとも単に一定以上の距離に近づいたからなのかは、ユーザー視点では判断できません。ゲーム開発者が生態系の要素を作りたいと思っても、こういった理由から初期の段階で除外されるというのが現状です。

坂本:生態系を忠実に再現したゲームが必ずしもヒットするとは限らないということですね。モンスターが襲ってくる理由に関しては、それぞれのモンスターの生態や姿の中で、匂いや音の何を認識して獲物を狩るかといった、モンスターが暮らす生態系に応じたメカニズムを組みこんだデザインができれば、生き物ごとの特徴を演出できそうですね。

三宅:音や匂いをゲームデザインとして組み込んだ例はあるのですが、あくまでも簡素化されたシミュレーションに過ぎません。例えば、簡易的な音の伝搬シミュレーションを使ってドアの向こう側から敵が接近してくる仕組みを作ったり、プレイヤーキャラクターが残した匂いを敵が追跡してくるような仕掛けを用意したり。ただ、それらは生態系と呼べるほどのシステムからは程遠いものです。

できるだけ音を立てないようにゆっくり歩いたり、匂いを落とすためにわざと水に浸かったりと、ユーザーのアクションにつながるような部分であればゲーム性を演出できるのですが、ゲームの目的と関係のないところで生態系が存在していてもユーザーには分かりません。ゲームの中で生態系を上手く表現するだけでなく、いかにユーザーを関わらせるかが重要になってきます。

ユーザーの環世界を作る

坂本:年齢の概念はどうでしょうか。例えば、働きアリや働きバチは若い個体ほど巣の中で行う安全な仕事を割り当てられます。一方で、巣の外に出て餌を調達するような危険な役割は老齢の個体に割り当てられます。これは若いうちに働きアリが損失することを最小限にするための仕組みです。モンスターが魔王の手下とすると、ダンジョンの浅い層でプレイヤーが遭遇するモンスターは老齢で弱いけど、敵の巣窟に近づくにつれて若くて強い個体が出現するような仕組みがあれば、ユーザーにとって伝わるものがあるかもしれません。

水野:その年齢による分業は、どういう仕組みで実現されているんでしょうか。

坂本:はっきりとは解明されていませんが、遺伝子発現のパターンが個体の年齢に応じて異なることがわかっています。ただし、生後何日経ったら何があっても切り替わるという厳密なルールというより、ある程度巣内の状況によって変動可能なものだと考えられています。

三宅:モンスターのデザインに年齢の概念はあまりないですね。センシング領域を個体ごとにちょっと変えることはあります。例えば、あるモンスターは耳が良いから遠くまで音を感知できるとか、同じ種類のモンスターの中でも大きい個体は足が遅いとか。いくつかパラメータが決まっていて、それをプランナーがひとつずつ調整する感じです。

森川:せっかく生態系はネタの宝庫なのに、ゲームデザイナーがそれに気がついていない気がしてもったいない。

水野:リアリティとエンターテイメントを両立させるのが難しいんですよ。過度なリアリティの追求はユーザーにストレスを与えてしまうこともありますし、ゲーム機のスペック的に何でもかんでもリアルに作るわけにもいきませんし。ゲームはエンターテイメントなので、いかにユーザーを楽しませられるかが大事ですからね。

三宅:そういう意味で、ゲーム開発はユーザーの環世界を作っているようなものです。モンスターそのものをリアルに作るという目的もありますが、より優先度が高い目標はユーザー主観の世界にモンスターがどういうものとして現れるのかを追求することです。例えば、プレイヤーが赤色のモンスターにこてんぱんにやられるとします。するとプレイヤーは次から赤いモンスターを警戒することになります。ユーザーが自らの環世界でモンスターをどう捉えるかによって、そのモンスターの表象が決定されます。

このように、生態系のようなシステム自体のリアリティと、ユーザーがゲーム内の視点で捉える世界の表象が異なるので、それらを調和させるのがどうしても難しくなってきます。結果、ユーザーから見た世界の構築に特化しすぎて、環境という背景にある奥深さが失われてしまいます。それが現代のゲーム開発が抱える課題かもしれません。

水野:ゲームデザイナーが直面する難題を丸投げするようで恐縮なんですが、環世界の専門家として釜屋さんから何かヒントはないでしょうか。

釜屋:私たちは環境への働きかけ(作用)によって新たな知覚を創り出しています。こうして環世界は絶え間なく更新されています。知覚は感じるというより、主体が創り出すもの。ここがポイントかと思います。環世界ではそれぞれの作用によって新たな知覚が生まれています。ゲームではコントローラを操作したり、センサーに向かって身体を動かしたり、プレイヤーによる作用の仕方はソフトウェアごとに異なりますよね。そうした制約された環境でプレイヤーのゲームに働きかける作用をどのように拡げていくか。機能感みたいなところにヒントがあるのではないでしょうか。予定調和ではない偶然の作用と知覚がゲーム体験をより豊かにしてくれるかもしれません。

三宅:確かに同じボタンでもゲームによって作用と刺激は大きく異なります。それらによってゲーム世界とユーザーがリンクするという構造は、まさに環世界的といえますね。アクションゲームとストラテジーゲームではインタラクションの方法も速度も異なるけど、いろんな作用と刺激の多重ループという環が仕掛けられていることに変わりはありません。そうした環世界のリングを複雑に絡み合わせることが、ゲームデザインの妙ではありますね。

釜屋:環世界を想像するとなると、記号や言葉の世界、つまり意識の行き届く範囲で考えがちですが、それだと言葉が邪魔をして、かえって自分の環世界に縛られてしまいます。例えば、ミジンコの環世界はミジンコの身体だからこそ体験できる。身体は無意識ですから、記号や言葉で想像しようと思っても、太刀打ちできません。おそらくゲームも言葉にできない部分、人間の身体的な領域を刺激すると、まったく知らない環世界へ飛び込むような面白みを見い出せるのではないでしょうか。

三宅:そういう意味でゲームプレイ中は現実における人間とは異なる形になっているかもしれませんね。現実世界における作用と刺激からかけ離れた、別の生物の環世界を味わえる体験。作用と刺激がループしていれば人間の頭は勝手に世界を作り上げるという事実を、ゲームデザイナーは40年前に発見しました。それ以来、私たちは普段人間が体験できない別の環世界を探求し続けてきたのかもしれませんね。

環境に踊らされる遺伝子

坂本:アリはメインの脳のほかに、それぞれの足を独立して動かしている複数の神経節、いわば小さい脳を持っています。それをゲームとして体験するのは難しいですよね。

三宅:それは複数の脳が集まってひとつの認識世界を作っているということですか。

坂本:概念的には違います。よく人間の脳は中央集権型で、アリの脳は地方分権型といわれます。例えば人間は足の小指をぶつけた際、その刺激が脳に到達して痛みを感じてから反応します。それは人間の脳が高機能だからこそ可能なプロセスなんです。昆虫の場合は、身体全体の進行方向は頭部にある脳が決定しますが、それぞれの足の細かな動きに関しては個別の脳が判断します。つまりメインと各部位で別々の意思決定機構があるわけです。ひとつひとつの脳の容量が小さい場合には、その方が効率的なんですよ。

水野:その地方分権型の脳がつかさどっている行動の部分は、もしかしたら無意識領域についての議論に通じるのかもしれませんね。

森川:人間でも腸のような消化器系は、私たちが自覚していなくても各々の判断で自律的に動いていますよね。

坂本:人間の身体の中では、腸内や細胞の中などで暮らしている微生物が、自分たちの繫栄のために人間自身に影響を与えてきます。さらにいえば、染色体の中にある父母由来の一対の遺伝子でさえ、どちらが発現するかをめぐって対立を続けます。そういう意味では、人間もひとつとはいえないのかもしれません。

三宅:アリが認識する世界は必ずしもひとつとは言えないということなんでしょうか。中枢の脳とそれぞれの足が認識する世界が平行に存在していて、時々コミュニケーションをとっているような。

坂本:思考能力があるのは頭部にある中枢の脳だけで、ほかの神経節はある程度の自律性をもったセンサーのようなものだと捉えるべきかもしれません。

三宅:面白いですね。人工知能の開発に関しても、昔はオールインワンに一箇所に情報を集約したモデルが最適だと考えられたのですが、それでは開発が進むにつれてメモリやCPUを圧迫してしまうことから、サブサンプション・アーキテクチャという制御とセンサーの分散型のモデルが、1986年にロドニー・ブルックスによって提唱されました。現在では、ロボットの制御でも分散知能的なアーキテクチャが主流です。最初からアリの方が理にかなっていたわけですね。

考えてみれば、人間の脳も分散型知能の側面はありますよね。脳の部分によって異なる部位や行動をつかさどっているんですから。哲学的にもそっちの方がしっくりきますね。一なる自分とは、いわばユクスキュルの言葉でいうイリュージョンなわけですよ。そのイリュージョンの中で哲学者は知能という概念を探求してきた側面があります。実は私たちは自分を一なる存在と思い込んでいるだけなのかもしれません。

水野:人間が自身をいちなる存在として認識する理由って何なんでしょうね。

森川:そもそも、どうして生物は個体、つまり命を維持することに執着するんでしょうね。遺伝子が主体というドーキンスの考え方もあるけど、個体維持という命題はセントラルドグマに記述されているのかな。そこが理解できればゲームAIへ応用する方法を模索できそうな気もするんですけど、これが一向に分からない。

坂本:もし利己的な行動を優先しない生物が生まれたとしても、その性質が子孫を残すことに不利であれば、60億年という生命の歴史の中で消えてしまったと考えられます。アリには例外的な側面があって、女王のために働きアリは餌を毒味したり、時には敵の接近を知らせるために自爆したりする種類すら報告されています。これは、アリは単数倍数性という特別な遺伝様式をもつため、働きアリは自身の子を残すよりも、女王アリに生殖をゆだねたほうがより効率的に遺伝子を次世代に伝えられるからです。

少し話は変わりますが、昆虫の半分近くの種類の細胞質にはボルバキアという寄生性の細菌が感染しています。ボルバキアは卵を介して母親から子どもに伝わる、ミトコンドリアのような細胞質遺伝をします。逆に、精子を介してはボルバキアは感染できません。つまり、ボルバキアにとってはメスの宿主しか価値がないんです。このことから、ボルバキアは宿主のメスだけをウイルス感染から守るようにガードしたり、本来オスになるはずだった昆虫をメスへと性転換させてしまうなど、とても利己的にさまざまな方法で宿主を操作します。このように、実は必ずしも生物種が自分の力だけで繁栄しているわけでなく、第三者が大きく関係をしているケースもあるのです。

釜屋:生物とは環境の変化という抗えない力に踊らされて、その隙間を埋めるように生きている存在なのかもしれませんね。私たちはどういうピースなんでしょうね。

水野:生物が持つ子孫繁栄の概念こそ、AIがもっとも苦手とする分野ですよね。AI開発者が自壊しないようにプログラムすることはできても、自発的に増殖する理由を見出すことはかなり難しいと思います。その謎が解明できれば、AIが次の段階へ発展するのかもしれません。

≫≫後編に続く

三宅陽一郎

株式会社スクウェア・エニックス リードAIリサーチャー。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。共著『デジタルゲームの教科書』『デジタルゲームの技術』『絵でわかる人工知能』(SBCr) 『高校生のための ゲームで考える人工知能』(筑摩書房)『ゲーム情報学概論』(コロナ社) 、著書『人工知能のための哲学塾』 『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』(BNN新社)、『人工知能の作り方』(技術評論社)、『なぜ人工知能は人と会話ができるのか』(マイナビ出版)。翻訳監修『ゲームプログラマのためのC++』『C++のためのAPIデザイン』(SBCr)、監修『最強囲碁AI アルファ碁 解体新書』(翔泳社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 AIとテクノロジーの話』(日本文芸社)、『ゲームAI技術入門』(技術評論社)。

坂本洋典

東京都町田市出身。早稲田大学教育学部卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻博士課程修了[博士(農学)]。現在、国立環境研究所生物・生態系環境研究センター研究員として、外来生物の防除研究に主として携わっている。著書『外来アリのはなし』(朝倉書店)、『アフリカ昆虫学 生物多様性とエスノサイエンス』(海遊舎)、『アリの社会 小さな虫の大きな知恵』(東海大学出版会)など。

釜屋憲彦

島根県松江市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科認知科学分野修士課程修了(人間・環境学)。野生生物の生態調査員として働きながら、それぞれの生物が独自に体験する世界(環世界)をテーマに研究、執筆活動を行っている。「環世界展」(主催:好奇心の森 DARWIN ROOM、2015)キュレーター。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。

水野勇太

大手ゲーム会社で、ステルスアクションゲームの敵AIプログラマとして、ゲーム業界のキャリアをスタート。シリーズ作の敵AIプログラマ、スマートフォンタイトルのリードプログラマなど4年のプログラム経験ののち、企画職へ転身。スマートフォンタイトルのプランナー、ディレクターとして、6年間ゲームデザインとディレクションの経験を積む。2017年4月、ゲームAIの研究開発に本格的に取り組める環境を求めて、スクウェア・エニックスへ転職。大型タイトルのボスバトルへのメタAI実装を経て、卓球ロボットへメタAIを実装する研究、建築情報学への寄稿など、現在はゲーム以外へのメタAI実装すら射程に入れ、AIテクニカルゲームデザイナーとしてさまざまなメタAIの研究開発に取り組んでいる。共著『ゲーム学の新時代』(NTT出版)、『建築情報学へ』(millegraph)

森川幸人

筑波大学芸術専門学群を卒業後、「ウゴウゴルーガ」のCG制作などで幅広く活躍。1994年よりゲーム開発に従事し『がんばれ森川君2号』『アストロノーカ』『くうまた』などAIを使ったゲームを手掛ける。著書「マッチ箱の脳」(新紀元社)「テロメアの帽子」(新紀元社)共著「絵でわかる人工知能」(SB出版)「イラストで読むAI」(筑摩書房)など。2017年にゲーム業界、エンターテイメント業界に特化したAI専門会社モリカトロン株式会社を設立し、AI研究所所長としてAI人材の育成に力を注ぐ。

Writer:Ritsuko Kawai / 河合律子、Photo by Syed Ali on Unsplash  

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