【JSAI2025】創作における人間とAIの相互作用と、これからの創造性のあり方について考える

2025年度人工知能学会全国大会が、2025年5月27日から30日まで大阪国際会議場でハイブリッド開催されました。史上最大規模となった39回目の同大会では、例年以上にさまざまなセッションが行われました。こうしたセッションのなかから本稿は、オーガナイズドセッション「人工知能と創造性 — 人の模倣を超えて」を紹介することで、創作における人間とAIの相互作用的関係を考察します。

「新しいアーキタイプを生み出すAI」の探求

上記セッションの導入として、同セッションのオーガナイザを務めた情報科学芸術大学院大学所属の小林 茂教授が発表しました。生成AIの台頭に伴って、近年、その創造性をめぐる議論が活発化しています。こうしたなか、同教授はフランスの哲学者ベルクソンが提唱した「ホモ・ファベル」などを引用して、AIが創作のツールであると同時に、その使い手である人間を変容する存在であることを指摘しました。

続いて小林教授は、認知科学者マーガレット・ボーデンが提唱した3つの創造性を引用したうえで、上記セッションの目的はAIによる変革的創造性の探求にある、と述べて導入を終えました。

続いてアーティスト兼株式会社Qosmo代表取締役で小林教授とともにオーガナイザを務めた徳井直生氏は、創作現場における生成AIの現状について発表しました。はじめに同氏はAI（機械）とアートの歴史を、AIの捉え方（意識）という文脈で振り返りました。機械による創作の試みは、史上初のプログラマーと言われるエイダ・ラブレスの発言にまで遡れるのですが、生成AI台頭以降、人間に匹敵する表現力と得た、という認識が広がりました。

しかしながら、生成AIは人間並みの表現力を得たというより、既存創作物を忠実に複製する「データ写実主義」を実現しているに過ぎない、と徳井氏は指摘します。

とはいうものも、生成AIは既存創作物の単なるコピーを生成するわけではありません。例えば2017年にMicrosoftの研究チームが発表した「The Next Rembrandt」は、オリジナルのレンブラントが描いた肖像画のバリエーションをAIによって制作したものでした。こうした場合のオリジナルと創作物の関係は、イタリア出身の哲学者ルチアーノ・フロリディが提唱したarchetype（アーキタイプ）とectype（エクタイプ）として定義できます。

以上の議論をふまえて、創造的変革性を担うAIを探求する試みとして、徳井氏は自身のチームが開発したAIを紹介しました。そうしたAIには、VAEを用いたリアルタイム音色変換ツールのNeutone Morphoなどがあります。

以上のようなAI開発を通して、新しいアーキタイプを作るために望ましいAIとのインタラクションとして、以下のスライドにまとめたような要件を挙げました。特に誤用可能性は、最重要要件に位置づけられます。

発表の最後に、徳井氏は自作のAIを活用したワークショップから得た体験談に言及しました。福祉施設で開催したワークショップでは、Neutoneを使用した音楽制作を体験した際と比較して、テキストから画像を生成するAIを用いた際には、体験者が簡単に画像を生成できることで逆説的に作品に対する所有感や自己効力感を薄めている印象を受けたことが大きな教訓であった、と述べて生成AIと創作者の関係の一側面を示唆しました。

「絵紋=EMON」から見えてくるもの

2つ目の発表は招待講演として、株式会社ワコムCEO兼代表取締役社長である井出信孝氏が「「道具屋」ワコムが挑むモノとコト」と題して、同社が取り組んだデジタルアーティストと同社製ツールの創造的関係の解明について話しました。

デジタルアーティストがペンと一体となって創作活動に没頭する「筆が走る」体験を提供する道具屋を自認する株式会社ワコムは、「創作者の創作過程＝軌跡もアートである」というテーゼを実証するプロジェクトとして、2021年6月、「KISEKI ART（キセキ・アート）」プロジェクトの始動を発表しました。

以上のプロジェクトは、デジタルペインティングソフトを開発するCLIP STUDIO PAINTとAIスタートアップのPreferred Networksと協働して、デジタルアーティストが描いた全筆跡を機械学習モデルに入力後、256次元の特徴ベクトルを抽出して2次元画像化するというものでした（以下では、この２次元画像を便宜上「KISEKI画像」と記しします）当プロジェクトは、AIによる画像自動生成、生産性/効率性の向上といった方向ではなく、あくまでも「人間の手による創作の深遠性及び価値」を可視化することを主眼として取り組みました。

多数のアーティストのKISEKI画像を制作した結果、同一のアーティストであれば、描いているテーマやモチーフが異なっても、画像の似たような場所に軌跡情報がプロットされることが判明しました。例えば以下の画像のように、同一のアーティストに女性のイラストとモナリザの模写を描いてもらったところ、それらの軌跡情報は互いに近い場所にプロットされました。

さらに異なるアーティストでは、軌跡情報が互いに異なる場所にプロットされることもわかりました。この事実により、KISEKI画像はアーティストの唯一無二性を証明すると言えます。

KISEKI画像は、同一作品における制作フェーズごとに変化することもわかりました。例えば以下の２枚の画像は、イラストレーターの文太氏が描いた作品の下書きと彩色におけるKISEKI画像です。

KISEKI画像に表れるアーティストに固有な創作時の息遣いと呼べる情報を、ワコムのプロジェクトチームは「絵紋（EMON）」と命名し、さらに研究しました。具体的にはイラストレーターのktym氏が描いた「永遠の中二病」というテーマの作品から得られた軌跡情報を、筆圧をはじめとする操作量ごとに時系列にグラフ化しました。

以上のグラフから操作量が急激に増加するポイントが観察されることがわかり、こうした特徴的な変化を特異点と名づけたうえで、そのポイントとktym氏の創作過程を結び付けてみました。その結果、集中してメインキャラを描いている時や、サブキャラを気楽に描いている時など、同氏の内面が移り変わる時に特異点が表れることが判明しました。

ワコムのプロジェクトチームは、さらにKISEKI情報と脳波の関係を解明する実験も行いました。この実験は、創作活動中のアーティストに脳波計等を装着してもらって、KISEKI情報と脳波の同期を観察するというものでした。実験により、アーティストがいわゆる”ゾーン”に入っている時、脳波は瞑想時のものに近くなることがわかりました。

井出氏は以上で解説した「絵紋=EMON」を社会的に活用する方法として、以下のスライドのように3項目を挙げたうえで発表を締めくくりました。

抽象スケッチによる実験から創造の始原に接近する

3つめの発表は、慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程所属の吉田快馬氏が「意味が介在しない描画行為の原動力とは何か」と題して、抽象スケッチにおけるかたち=ゲシュタルトの生成について話しました。

視覚芸術における創作過程のひとつとして、鉛筆と紙を用いてアイデアを探求するスケッチがあります。スケッチのなかでも特定の対象物を描画することを目的としない「抽象スケッチ」について、吉田氏は言語的な意味を介さずにかたちを生み出されるメカニズムの解明を研究テーマとして掲げました。

以上の研究のために複数の被験者に抽象スケッチを実践してもらい、その実践時に観察される行為を「身振り」と定義したうえで、身振りの関係を数理的に解明する方針を採用しました。なお、身振りには《なぞる》《交差させる》のような筆跡を残すものと、《眺める》《鉛筆を変える》のような筆跡を残さないものに分類しました。

身振りのなかでもゲシュタルトの生成に直接関わる《なぞる》は、以下のスライドのようにさらに「補強」「変形」「文化」「包摂」の4種類に細分化されることがわかりました。

《なぞる》をふくめた身振り全体をゲシュタルトの生成という観点から分析すると、以下のような7つのグループに分類されることもわかりました。

ゲシュタルト生成の背後に潜むある種のちからに関して、吉田氏は潜勢力という概念で考察することにしました。この概念は、例えば以下のウサギの横顔にもアヒルの横顔にも見えるゲシュタルトが、まさにどちらかに見えるように触発する力を指します。もっとも、今回の研究の場合は、単語としての「ウサギ」のような意味的なちからは除外されます。

身振りに潜む潜勢力を解明する方法として、個々の身振りが別のそれと連鎖的に生じるネットワークを可視化することを試みました。この可視化に際しては、以下のように身振りの共起ネットワークを作成しました。

以上の分析により、抽象スケッチにおけるゲシュタルトは、《なぞる》を中核とした身振りのループ的連鎖から生成されるという結論が出ました。この結論から、《なぞる》が潜在力を顕在化させる行為とも言えます。

吉田氏は、創造性の観点から以上の《なぞる》の特徴を探索的知性の発露と見なしました。この知性は以下のスライドのように検索的知性と対概念となっており、前述の徳井氏が強調した「誤用可能性」を内包しています。

最後に吉田氏は、現状の生成AIは検索的知性として機能する傾向が強いことを指摘したうえで、生成AIを使用する創造に関して、以下のスライドのように生成AIが探索的知性として機能するかどうかを確かめる二つの問いを提示して発表を終えました。

「より良くなる」と同時に「ほかの存在者に開かれる」成熟の時間

4つ目の発表として、立教大学現代心理学科所属の原島大輔助教が「人工知能は時間をつくるか」と題して、生成AIの未開拓領域としての成熟の時間について話しました。

はじめに原島助教は、創造性の再考として、アロポイエーシス（他者産出）とオートポイエーシス（自己産出）を提示しました。そのうえで、現在の生成AIはプロンプトを入力する人間ユーザを不可欠としており、自らが生成物を産出できないことからアロポイエーシスに分類される、と同助教は指摘します。

他者産出と自己産出の関係を考察するダブルクリエイティビティから見た場合、生成AIは画像やテキストといったAI自体とは異なるオブジェクトを産出することから、他者産出のみ備えていると言えます。また、「より良い自己になる」ことを考察するエシカルクリエイティビティから見ると、生成AIは倫理的創造性を欠いています。

さらに個々の創造主体とそれらが構成する社会の創造的関係を明らかにする階層的自律コミュニケーション・システム（HACS）の観点から見ると、生成AIはほかのAIとの相互作用メカニズムの実装に至っていません。

以上のように創造性に関する生成AIの限界を振り返ったうえで、原島助教は新たな生成AI開発の課題として、「成熟の時間」を提示して発表を終えました。この時間は、創作における時間短縮の技術を超えて、生成AIが創作活動を介して自己自体を生成する技術によって現れる時間、と表現できます。この時間は、前述のエシカルクリエイティビティ的な側面を有すると同時に、生成AI自体の生成によりほかの事物との関係が変化することからHACSをも包含するものなのです。

選好学習とプロンプト更新を繰り返して、高評価のデータを生成する

上記セッション最後の発表として、大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程所属の日高風詩氏が「In-Context Learningによる価値基準学習を通じた創造的音楽生成」と題して、価値基準を学習できるAIシステムについて話しました。

はじめに日高氏は、創造性を工学的にとらえるアイデアとしてKRVフレームワークについて話しました。これは知識を既存データ、そのデータを活用して生成される新規データ、そして何らかの基準から価値があると認められたデータの分類と重なりからとらえるものです。

以上のフレームワークから見ると、ChatGPTをはじめとする生成AIは既存データと新規データのみを学習あるいは生成できます。しかしながら、現状の生成AIは生成したデータが良いかどうかを評価する内部機構を持っていません。生成されたデータを評価するのは、外部ユーザたる人間に委ねられています。

日高氏は生成データを評価する内部機構を組み込んだAIシステムの開発にあたって、In-Context Preference Learningを援用することにしました。この技法は、生成データに関する人間が評価したデータ序列を学習することで、生成データを人間の選好に近づけるというものです。

以上の技法の有効性を立証するために、日高氏は同技法を応用した楽曲生成システムを開発しました。これは、AIが生成した楽曲を人間が基準音楽と比較して評価すると、その評価にもとづいて基準音楽を更新後、更新情報を楽曲生成時のプロンプトに取り込む、というものです。こうした楽曲生成と評価更新のサイクルを回せば、人間評価者が好む楽曲を生成できるようになります。

今回の研究では、以上のAIシステムの性能検証を単純化するために「最高音が上がる割合が多い音楽ほど価値が高い」という評価内容としたうえで、以下のような設定で実験を行いました。

実験の結果、評価と生成のサイクルを重ねるごとに価値が高い音楽が生成されました。

以上の実験で興味深いのは、楽曲評価にもとづいたプロンプト更新に際して、AIシステムはさまざまな楽曲解釈を試みていたところです。この結果は、評価者の選好をさまざまな観点から解釈して、評価者に新たな気づきを与えられる可能性を示唆しています。

検証実験は、さらに以下のような12の評価内容に拡張して実施されました。その結果、すべての評価内容に関して、よりその内容に沿った楽曲が生成されました

もっとも、評価内容によって最終達成率の分布が異なりました。こうした結果の差異はAIシステムが学習した楽曲に起因すると考えられ、例えば「一定の音高が続けば高評価」のような既存楽曲からかけ離れた評価内容では選好学習が遅くなったと解釈できます。

日高氏は、今回の研究成果と今後の展望を以下のスライドのように提示して発表を終えました。

以上に解説してきたオーガナイズドセッションでは、創作をめぐる人間とAIの相互作用が多角的に論じられました。こうした相互作用においては、AI側の性能等が学術的・社会的に注目されがちです。しかしながら、AIを創作に活用することで人間が変容することも、同セッションで指摘されています。そして、人間とAIがともに変容していくような創造的共創を研究していくには、同セッションのような学際的・産学協同的アプローチが不可欠でしょう。

Writer：吉本幸記