CGへの扉 Vol.76：出力の一貫性をいかにして保つか？ 生成AI時代の「らしさ」とは

なぜ生成AIのコンテンツは「何かが違う」と感じるのか

近年、テキストから映像を自動生成するText-to-Video技術の発展により、動画制作のプロセスが大きく変わりつつあります。Runway、Pika、Sora、Google Veoなどに代表される生成動画AIは、プロンプトを入力するだけで、高精度かつストーリー性のある映像を出力できるようになりました。

ミュージックビデオの生成、商品のプロモーション動画、SNSでの文言生成、さらにはさまざまな多言語対応もAIが担うようになってきています。しかし時折、こうしたAIの生成物に「違和感」を覚えることがあります。きめ細かい肌の美しすぎる顔立ち、誤字脱字がまったくない淀みのない文章。

たとえば、あるブランドのキャラクターが数枚の画像で微妙に顔立ちや服装、雰囲気が変わっていたり、
文章の中で語り口が途中で突然変わっていたり、ナレーションの言葉遣いが動画の前後で揺らいだりします。視線が次のカットでズレていたり、キャラクターの髪型が場面ごとに変わったり、服の模様が微妙に異なっていたり。ひとつひとつは小さなズレでも、連続した映像体験の中では視聴者の集中を妨げ、「生成物らしさ」を強調してしまいます。

瞬間を切り取ると個々の完成度は高いのに、なぜこうしたズレが気になるのでしょうか？
その答えは、「一貫性」にあります。

ブランドを「らしく」するものは「一貫性」

宣伝広告やブランディングにおける一貫性は、信頼と記憶の核を担っています。赤と白の波を見るだけで人々はコカコーラを想起しますし、黄色い「M」を見かけるとマクドナルドを思い出します。Appleの広告がAppleらしく感じるのは、iPhoneやMacbookのデザインの美しさだけでなく、言葉遣い、色彩、文字フォント、売り文句、立ち位置、Apple Storeの店員の雰囲気など、世界観がすべて整っているからです。長年のApple製品のユーザーであれば、何かApple製品ではないものを見ても「これはAppleっぽい」「Appleの製品なのにAppleらしくない」といったことが一瞬で言えると思います。

ブランドは、ユーザーの心の中に「こういう存在だ」と印象づける存在であり、その印象形成の鍵が「一貫性」です。一度ブランドがそのブランド「らしさ」を獲得すれば、個々のプロダクトやキャンペーン、
ちょっとしたSNS投稿ですらもブランドの人格として認識されるようになります。生成AIの時代には、このブランドのもつ「一貫性」の設計がとても難しく、より重要になっています。

生成AIが直面する一貫性の壁

生成AIの一番の強みは多様な出力ですが、逆に言えば「生成物のぶれやすさ」も宿命的な課題です。キャラクターに関する一貫性だけに着目しても、さまざまな一貫性を持たねばならない要素が存在します。

髪型：長さ、色、分け目、ボリューム、アクセサリーの有無
視線：注視点の方向、瞳孔位置、目線の自然な動き
顔の輪郭・耳の形：微細でも違いがあると別人感が出る重要な要素
表情・感情：前後の文脈と連動しているか
衣服：柄や質感、装飾の連続性、乱れの自然さ
しぐさ・動作：歩き方、腕の振り方、姿勢などの習慣性

そのほか、動きの一貫性や背景の一貫性も重要で、人間はすぐにその違和感や一貫性が破綻している部分に気づいてしまいます。

画像生成AIの場合

例えばMidjourneyやStable Diffusionを用いてキャラクターを複数枚生成した場合、ポーズや構図は変えられても、髪の分け目や目の色、服のディテールなどが微妙に変化してしまいます。つまり、同一のキャラクターとしての識別性が保たれません。

動画生成AIの場合

RunwayやPikaなどのAI動画生成では、数秒の動画としては高精度でも、カット間でキャラクターの衣装が変化したり、風景がつながらなかったりすることがあります。映像演出では「連続性」こそが命ですが、これが生成AIには苦手な分野です。

文章生成AIの場合

ChatGPTやClaudeに、長文の連載記事やシリーズ化した対話の生成を任せようとすると、登場人物の性格が変わったり、敬語とタメ口が混在することがあります。また、あるブランドの人格として振る舞っているのに、突然別人のような表現や到底言わなそうな冗談を挟むこともあります。

翻訳AIの場合

DeepLなどの翻訳AIも、前後の文脈や読者層に最適化された表現が必要な場面では、言い回しのトーンが一定せず、ブランドの「声」を正確に再現できない場合があります。ですから翻訳AIでは、短文の翻訳依頼ではなく、できるだけ前後関係がわかる長文での翻訳依頼を求めています。

つまり、現在の各種生成AIは個々の生成精度が高くても、「連続性」や「統一感」を苦手とします。そこで求められるのが、AIによる出力全体を演出する力、設計する力です。

AIブランディングの設計の工夫と運用

では、現在の技術の範囲でどのようにしてAIに一貫性を持たせると良いのでしょう？

キャラクター設計・スタイル定義

「このキャラはどんな性格で、どう喋り、どんな色をまとい、どんな価値観を持つのか？」を定義する必要があります。これはアニメや漫画での設定資料集に近い概念で、AIにとっても参照すべきキャラクターの定義が必要になります。

プロンプトの統一化（マスタープロンプト）

文章生成や画像生成のプロンプトに一貫した構造を与えることが重要です。たとえば「一人称」で話す、どんな口調で？対象者は？そのキャラクターが使用しない語彙などをマスタープロンプトとして定義しておけば、毎回ぶれない出力が得られやすいでしょう。

生成物ガイドラインの整備

アウトプット全体に統一感を出すには、ブランドの文体や口調や言葉遣いを定義し、AIの入力ガイドラインとして運用する必要があります。

RAGによる文脈の注入

生成AIが過去の対話や知識を文脈として参照できるようにする技術（Retrieval Augmented Generation）を活用することで、過去のトーンや設定を引き継ぐことができるようにする方法もあります。一貫性の重要度は生成AIが生み出す生成物のクオリティが高くなるとともにますます重要な要素になってきています。

OpenAIのメモリー機能やCustom GPTs、Anthropicのメモリー機能、MidjourneyのStyle Tunerなど、生成AIの各社も「一貫性問題」に真正面から取り組み始めています。それは単に精度やスピードの話ではなく「ブランドの人格を演じるAI」「過去の自分を覚えるAI」「役割を意識するAI」への進化です。これこそが生成物のブランディングというAI未来を支えるコア技術になっていくことが考えられます。

スタイルトークンによる一貫性の保持

生成AIのもととなっているモデル、特に拡散モデル（Diffusion Model）やトランスフォーマーベースのVideo Diffusionは、単一の画像フレームや短い時間の動画シーケンスから学習する傾向があります。そういった構造的な制約により、一貫性の維持が難しくなっています。

1. フレームごとの生成が独立または局所的
2. 長時間の依存関係を考慮できない
3. キャラクター情報や背景情報を記憶できるコンテキストが浅い
4. style（スタイル）と content（内容）の分離が不十分

こうした課題に対し、近年では一貫性を担保するためのさまざまな技術が提案されています。その中でも注目されているのが「スタイルトークン（Style Token）」という概念です。スタイルトークンとは、キャラクターや出力表現の「スタイル」をベクトル化・抽象化し、生成モデルに入力することで出力を制御する技術です。

1. 同一キャラクターの髪型や顔の印象を保つ
2. 一定のトーン、演出スタイル（アニメ調／写実調）を継続
3. しぐさや視線の方向性など、非言語的特徴を安定化

技術的仕組みは次のとおりです。

1. スタイル抽出（エンコーダー）：画像・音声・動画から表現の癖を抽出
2. ベクトル化：スタイル空間で学習済みトークンへ変換
3. 再利用：新しい生成プロンプトにスタイルトークンを付与して一貫性を保つ

もともとは音声合成（TTS）で感情や話し方のトーンを保持する目的で導入されましたが、現在では画像生成や動画生成にも応用が進んでいます。

一貫性確保を目指す注目論文3選

論文1：Multi‑Shot Character Consistency for Text‑to‑Video Generation（NVIDIA, 2024）

ショットをまたいでも同一キャラを維持する生成手法を提案。視線の方向、表情、衣服を安定化させることができます。本研究では、事前学習済みモデルを活用し、キャラの同一性と自然な動きを両立させる手法「Video Storyboarding」を提案

論文2：ConsisID: Identity‑Preserving Text‑to‑Video Generation（PKU, 2025）

Diffusion Transformer（DiT）に対し周波数ベースの顔特徴制御を導入します。低周波では顔形状、高周波では瞳・髪・視線などの細部を制御。スタイルトークン的な組み込みで高い一貫性を実現できます。

論文3：FLATTEN: Optical Flow‑guided Attention（Cong et al., 2023）

動画編集において視線や動作の継続性を保持するアテンション手法です。時系列での特徴点の移動に対応したオプティカルフローを導入し、時間軸での視線一貫性を向上します。キャラクターの注視方向やカメラ連動に対応できるようになります。

AIの一貫性実践の事例

コカ・コーラ：生成AIによる動画広告制作における一貫性への挑戦

コカ・コーラはRunwayやVeoなどの生成AIを用いて、世界観の一貫したファンタジー動画を制作。キャラ、背景、音楽の統一によって、AIを使いながらも「Cokeらしさ」を保つ試みを行いました。

生成AIによるブランド演出の実例として注目を集めたのが、コカ・コーラが2024年に公開したクリスマス広告シリーズです。同社は、1995年から続く伝統的なクリスマスシーズンのCM「Holidays Are Coming」を、今回完全に生成AIによって再構築しました。驚くべきは、その制作体制と手法です。

このプロジェクトには、Secret Level、Silverside AI、Wild Cardという3つのAIスタジオが参加し、それぞれが異なるスタイルのCM（「Unexpected Santa」「Secret Santa」「Silver Santa」）を制作。映像制作にはRunway、Leonardo、Luma、Minimax、Kling、NVIDIA Omniverseなど、最先端の生成AIツールが多数使用され、絵コンテからアニメーション、映像編集までの全工程をほぼAIで完結しています

ブランド側の狙いは明快です。従来型CM制作にかかる数ヶ月の時間と多額のコストを、AIの力で大幅に短縮し、同時に都市別・ターゲット別にパーソナライズされた映像を柔軟に展開できるようにすることです。実際、特定の都市名が看板に登場するなど、視聴者ごとに「私の街のサンタ」が描かれる演出がなされました。ちなみにサンタが赤い服を着ているのは1931年のコカコーラの広告に由来しています。

関連記事：「赤い衣装のサンタクロース」はコカ･コーラ社のキャンペーンがルーツだった!?

一方で、このAI広告は多くの議論も呼びおこしました。SNSや掲示板Redditでは「表情が不自然」「感情が伝わらない」「口調が冷たい」といった声があがり、一部ではディストピア的な広告との批判も受けました。メディア評論家の中には「技術的には目を見張るが、ブランドの心が置き去りだ」と指摘する者もいました。それでも、この試みは広告業界に大きなインパクトを与えました。よくも悪くも、CMのどこを切り取ってもコカ・コーラの「Holidays Are Coming」という一貫性が保たれていたからです。

この件は「既存のブランドイメージとAI生成技術の融合」が新たな表現手法として注目され、今後はより高度なブランディング設計や感情的な一貫性の強化が求められる段階へと進もうとしています。コカ・コーラの事例は、生成AIにおいても「らしさ」や「一貫性」をどう設計・維持するかが、ブランド価値を左右する重要な論点であることを浮き彫りにしました。

生成AI時代の「らしさ」を設計する力。一貫性の評価方法

現状では一貫性の評価は定性的・主観的なものが多いですが、定量化の試みも進んでいます。

1. LPIPS（Perceptual Similarity）：画像間の視覚的一貫性
2. ID Score / FaceNet Distance：顔の識別子ベースの一致度
3. ConsisScore：視線・衣服・ポーズの一致率
4. 複数ショットのキャラ画像を並べて違和感評価
5. ターゲット視線位置のトラッキングと視線マップ照合

一貫性は「違和感」と直結しているため、主観評価も引き続き重要です。生成AIはクリエイティブの民主化を加速し一般の人でも高品質な画像や動画が制作できるようになりました。多くのコンテンツを誰もが手軽に作れる時代が実現しました。なんでも簡単に作れる時代だからこそ、納得感のある「一貫性をどう設計するか？」というブランディングの本質が再び問われています。

一貫性とは単なる技術的課題ではなく、人間が物事を人間らしくとらえるための構造であり、信頼性を支える本質です。これからの生成AIの時代において、クリエイターはスタイルを定義し、一貫性を築き、世界観をデザインする演出力、設計力こそが、AI時代の最大の創造力のなのかもしれません。

本連載の今後の予定：「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。何か取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

CGへの扉：

Vol.75：ランキングから読み取る、AI性能競争を把握する

Vol.74：映像制作の未来はここに。Veo 3の進化とFlowが切り開くAI時代の映像制作

Vol.73：生成AIの苦手を克服。世界観を維持し、演出可能なAIの台頭

Vol.72：GDC 2025で巻き起こっているAIへの冷静な評価と未来への展望

Vol.71：Google Labs発、Whiskの追撃

Vol.70：OpenAIの12Daysを振り返り、アルトマンの思想とAI業界の栄枯盛衰を考察する

Vol.69：AIが制作にも研究にも浸透。SIGGRAPH Asia 2024を振り返る

Vol.68：AIの価値はクリエイティブの試行錯誤の回数と速度

Vol.67：AdobeMAX 2024開催。生成AIの近未来「Sneaks」の驚き

Vol.66：偶然に任せない、生成AIにおける演出・調整の可能性

Vol.65：CGの祭典SIGGRAPH2024におけるAI活用の潮流

Vol.64：不祥事とは無縁、生成AIが生み出す広告映像の違和感

Vol.63：ライバル？ いえいえ思想が違います。Google I/O、Apple WWDCにみるAI戦略の違い

Vol.62：AIによるフェイク画像さえも新しい表現方法に

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Contributor：安藤幸央