CGへの扉 Vol.68：AIの価値はクリエイティブの試行錯誤の回数と速度

生成AIの登場で誰もがクリエーターに？
その一方で、プロフェッショナルはどう使いこなすか？

生成AIの登場で、絵を描くのが不得意でも言葉でうまく指示すれば画像が生成できるようになりました。画像に限らず音楽や動画、3Dモデルまでさまざまな創作行為がAIによって容易にできるようになりました（これらを“創作”といって良いかどうかは微妙かもしれませんが）。とはいえ、AIが1回の指示で理想的な出力をしてくれることは滅多にありません。

創造的な作業には常に「試行錯誤」が伴います。優れたデザインやアイデアは、どんなに天才的なクリエーターのひらめきがあったとしても一度で完成するものではなく、試しては修正、試しては修正を繰り返すことでその精度が磨かれていきます。試行錯誤には必ず時間、コスト、労力、またはそれを実現できるだけのスキルという制約がつきまといます。そして現代においては大抵の創造的な仕事には締め切りがあり、その締め切りまでにどれだけ試行錯誤ができるかが最終的な成果物の質を大きく左右してきました。

歴史に名を残す作品の多くは、このような試行錯誤の果てに生まれています。絵画「モナ・リザ」で知られるレオナルド・ダ・ヴィンチは、モナ・リザがいったん完成してから5年以上にわたり細部を修正し続けました。1889年のパリ万国博覧会のシンボルとして、当時の技術の粋を集めて建設されたエッフェル塔は、設計過程で風圧や重量にまつわる技術的な課題が多数発生し、膨大な数のプロトタイプが作られたと伝えられています。

1956年に着工され、1960年に首都として機能し始めたブラジルの首都ブラジリアは通常50年かかる都市の進化を5年で先取りしようとし、さまざまな試行錯誤が繰り返されました。完璧主義者として知られるスタンリー・キューブリック監督の1980年に公開された映画『シャイニング』では、何気ない会話でありながら重要なシーンにおいて148回ものリテイクが行われ、「セリフのある1シーンで最も多いリテイク」としてギネスブックの記録に認定されています。そこに監督のどんな試行錯誤やこだわりの演出があったのか知る由もありません。

建築設計や都市計画に生成AIが与える影響

はたして生成AIが制作物に与える影響はどれほどのものなのでしょうか。クリエイティブの幅や多様性が必要な3Dモデリングはもちろんのこと、一度作ってしまえば後戻りできない建築、都市計画のような複雑な分野では、なおさら試行錯誤の回数と正確性、質、素早さ、多様性が成功のカギを握ります。例えば、建築デザインにおいては、細かな寸法や材料の選定、空間の活用方法など、さまざまな要素に対して無限とも言えるバリエーションが存在するのも試行錯誤が避けて通れない理由のひとつです。

世界的に有名な建築設計事務所 Zaha Hadid Architects（ZHA）では、とても複雑で有機的な建築設計を行うため、従来の手法では膨大な時間とコストがかかり、試行錯誤の余地や回数に限界がありました。近年ZHAは生成AIを活用し、短時間で複数の建築案を生成し、設計プロセスを飛躍的に効率化しました。生成AIの力を借りることで、これまで時間の制約で試せなかったアイデアを数多く試行することが可能になったのです。

ザハ・ハディド氏は全盛期には「Queen of the Unbuilt＝アンビルトの女王」つまりは「建てない建築家」と呼ばれました。その理由のひとつは建築デザインが斬新すぎるがゆえに、構造設計が困難または建設コストがかかりすぎるために実際に竣工までこぎつけるのが困難なアイデアが多かったためだと言われています。ところが生成AIの登場で、以前なら試すことができなかったアイデアを試行する機会が増えました。ZHAは、生成AIが単なる効率化の手段に留まらず、新たな創造の時間的余裕もたらしていることを証明しています。

ザハ氏本人はすでに亡くなっており、本人と似たデザインは無尽蔵にできたとしても、本人以上の創作はもう生み出せません。けれどもザハ氏から学んだ弟子たちが生成AIを活用して生み出すアイデアは、ザハ氏のこれまでの作品や設計を反映させたものだとも考えられます。ZHAでは現在、大まかなアイデアの提示やいったん設計したものへのさらなる設計の指針として、生成AIモデルの出力の10～15パーセント程度を使用し、そのプロンプトには、ザハ・ハディド氏の名前がふくまれ、ザハの特徴である独特の曲線的なスタイルを連想させる文言が用いられるそうです。

また、ひとつの事例としてZHAに所属する建築家ティム・フー氏は、画像生成AI「Midjourney」を使用して「Venus of the Curves」というレストランのコンセプトを作成し、ルネサンス時代の美学を現代的な文脈で再解釈する試みを行っています。ZHAでは、他にも従業員の動線も考えたオフィススペースの設計、カスタマイズ性を高めたオフィスデザインなどにも活用しているとのこと。

またこれらの建築業界における試行錯誤の作業は独自のソリューションの域を超え、製品としても展開しはじめています。Autodesk社の製品群をうまく使うと、コスト、重量、耐久性などの条件を設定するだけで、AIが何千もの設計案を生成してくれます。こういったAIは、Building Information Modeling（BIM）ツールと統合され、設計変更と瞬時に連携できる設計プロセスを支援しており、短時間で設計案を洗練させることができるのです。

3Dモデルの生成が、モデル作成に及ぼす影響は？

3Dモデリングは、デジタルデザインやゲーム、映画制作などのクリエイティブ分野で欠かせない要素です。しかし、従来の手法では膨大な時間を要し、高度なスキルを持つクリエイターの技術に依存していました。試行錯誤の重要性は理解されていても、その過程にかかるコストは常に課題でした。

その状況を一変させたのが、Text-to-3Dと分類されるTripo 2.0のような3Dモデルの生成AIツールです。Tripo 2.0はテキストまたは画像から数秒〜十数秒で質感も設定された3Dモデルを生成できます。

簡単なプロンプトを入力するだけで、膨大なバリエーションのモデリング案を生成できるこのツールは、3Dモデラーの制作方法だけでなく、モデルづくりへの考え方を劇的に変えていくことが期待されます。精魂込めたキャラクターや、特別なオブジェクトはまだしも、3Dシーンの制作には脇役のモデルが多数必要です。3Dモデルライブラリには多数のデータが存在しますが、必要なシーンにぴったり合ったデータはそれほど簡単には得られません。

生成AIによってゼロからモデルを作る必要がなく、AIが提案したモデルを選び、必要に応じて修正を加えるだけで良くなります。
これにより試行錯誤の回数が増え、制作のスピードが早まり、クリエイティブの幅も広がります。

3Dモデル制作に生成AIを活用する研究領域は、言葉や言語、画像や動画の生成AIに比べ、一周遅れている感は否めませんが、逆に最も期待されており、研究スピードの早い分野でもあります。元FacebookであるMeta社のMeta 3D Gen、OpenAIのPoint-EやGoogleのDreamFusionなど、どの大規模モデルを保持するメーカーも3Dモデルに進出してきています。

生成AIがもたらした3Dモデル制作の変化は、試行錯誤の回数と速度を圧倒的に増やしました。しかし、その一方で、AIがいくら優れた案を提示しても、最終的な選択や価値判断を下すのは人間の役割です。AIは、クリエイターの時間不足を補い、効率を高めるパートナーとして機能しますが、その中で「何を選び、どのように仕上げるか」は依然としてクリエイターの腕と感性にかかっています。そうは言いつつ、AIの敵対的アルゴリズムのように、生成AIが作った3Dモデルを、AIが評価する時代もすぐに訪れるかもしれません。

AIが試行錯誤するスマートシティに与える影響

都市計画はどんなに綿密に計画しても、その通りに進化、発展するのは難しい、複雑な分野です。都市計画は、建築よりも遥かに巨大なスケールを持ち、交通動線やエネルギー効率、人口動態など多様な要素が絡み合います。そのため、すべてを予測するのは困難であり、これまでの手法では試行錯誤に時間とコストがかかりすぎるのが常でした。

生成AIは、このような都市計画にも革新をもたらしています。たとえば、AIは交通流やエネルギー効率をシミュレーションし、都市空間の最適な配置を短時間で提案します。このプロセスが加速することで、試行錯誤の回数が増え、計画の質が向上します。その結果、実用的でありながら、魅力的な空間を生み出す可能性が広がります。

この流れで特に近年注目されているのが、2018年に始まった、オランダ南部のヘルモンド市ブランデフォールト地区で進行中のスマートシティプロジェクトBrainport Smart District（BSD）です。このプロジェクトは、AIを駆使して持続可能で革新的なコミュニティを構築することを目的としています。

BSDでは、都市計画にAIを取り入れることで、住民のニーズに応じて進化する街、柔軟なグリッドシステムを設計しました。都市構造が静的なものから動的なものへと変化し、時間とともに適応可能な都市の実現に近づいています。もちろん交通面でもAIが乗り物の最適化にも大きく貢献しています。都市の発展そのものが試行錯誤なのです。そして、このプロジェクトは2023年に当初の革新的な計画から若干消極的な案に変更がなされました。今後約10年間をかけて、数千戸の住宅まで徐々に住宅と住民を増やしていくそうです。

より多くの試行錯誤を目指して

手軽なデザインツールや生成AIが身近になるにつれ、クリエイティブ業界は興味深い、相反する状況に直面しています。例えば、オーストラリア発のオンラインデザインツールCanvaのようなテンプレートが豊富で生成AI機能が組み込まれ、それほど経験の無い人でも容易に使えるプロ向けツールの代替ツールは広く多くの人に使われはじめています。

Canvaなどのツールは誰もがデザイナーになれる、あるいは自分がデザイナーだと思い込めるくらいのアウトプットが得られます。その結果、大量のコンテンツが生まれていますが、それらはツールがもともと持っているテンプレートに大きく依存しているため、そこそこの品質でありながら、最終的にどれも似たものになりがちです。これをファイルを複数回コピーした時のファイル名に由来した「Copy of Copy of Copy」と表現し、ツールに頼りすぎると純粋なオリジナリティを見出すのが難しくなっていることを表しています。

アルゴリズムが提供し続ける、最近の流行りだけれども、当たり障りのないデザインに対抗するために、今後はあえて「意図的にデザインされていない、荒削りさ」が流行りになったり、より多くの「混沌とした整理されていない状態」、「過剰にものや情報に囲まれている状態」といった、今までは避けられていたデザインが取り上げられるようになるでしょう。ただし、それらもすぐに生成AIは機械学習して、平易に取り扱えるようにするのかもしれませんね。

本連載の今後の予定：「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。何か取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

CGへの扉：

Vol.67：AdobeMAX 2024開催。生成AIの近未来「Sneaks」の驚き

Vol.66：偶然に任せない、生成AIにおける演出・調整の可能性

Vol.65：CGの祭典SIGGRAPH2024におけるAI活用の潮流

Vol.64：不祥事とは無縁、生成AIが生み出す広告映像の違和感

Vol.63：ライバル？ いえいえ思想が違います。Google I/O、Apple WWDCにみるAI戦略の違い

Vol.62：AIによるフェイク画像さえも新しい表現方法に

Vol.61：AIの影響を受ける素材ビジネスの生存戦略

Vol.60：AIは世界を認識したのか？ Soraが描き出す物理世界

Vol.59：生活に浸透するAI、身の回りの「弱い」AI

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Contributor：安藤幸央