【JSAI2024】楽器の街 浜松で生成AIと音楽の関係を多角的に語る

2024年5月28日から31日、2024年度人工知能学会全国大会（第38回）が静岡県浜松市のアクトシティ浜松にてオンラインとのハイブリッドで開催されました。5月29日には企画セッション「楽器の街・浜松で考える《Music×AI》の未来」が行われました。本稿で5名の専門家によるパネルディスカッションを紹介することで、音楽生成AIと音楽の関係を多角的に検討します。

さまざまな立場から音楽に関わるパネリストが集結

企画セッションのはじめでは、モデレータを務めた日本大学文理学部所属の北原鉄朗教授が同セッションの趣旨説明と自己紹介を行いました。同教授の研究は、コンピュータの支援を受けながら、非専門家が音楽創作や即興演奏を楽しめる環境を作りたいという動機から行われています。

北原教授の研究成果には、直感的なUIによる楽曲制作アプリがあります。例えば画面上に曲線を描くとその曲線に沿ったメロディを生成するシステムや、盛り上がり度の推移を曲線で描くとその曲線に沿ったループ素材を自動選択するループシーケンサがあります。また同教授は、機械が人間のような創造性を獲得できるかどうかにも興味があると述べました。

九州大学文化知能科学研究室所属の中村栄太准教授は、創作活動を支える知能と文化発展の仕組みを数理的に理解することを研究テーマとしています。同准教授の研究成果には、機械学習を活用した自動採譜（耳コピAI）、数理モデルによる芸術文化の進化の解明、作曲AIを活用した社会実験「CREEVO実験」があります。

芸術文化の進化の解明については、日本のポピュラー音楽と聴衆の関係に注目していました。この関係は、聴衆の嗜好が創作スタイルの変化を押し戻したり、楽曲の変遷に遅れて進化したりすることがわかりました。CREEVO実験では、当初は想定していなかった愚痴や妬みといった個人的な思いを伝える音楽の誕生を確認しました。

ヤマハ株式会社先進技術開発部音楽情報グループ所属の前澤陽氏は、同社の音楽アプリ開発やテクノロジーを駆使した実験的音楽イベントに関わってきました。音楽イベントのなかには、ピアノのペダルを踏めない障がい者のために技術でペダルを踏めるように支援したものがありました。

前澤氏がAIを音楽に活用する際のスタンスは、プレイヤーの「やりたい」ことと「できない」ことのギャップを埋めることにあります。しかしながら、AIによって演奏を完全に自動化して、プレイヤーの「できること」を巻きとらないことも重視してします。こうしたスタンスによって、高度な演奏スキルが求められる体験を多くのプレイヤーが体験できるものとする「演奏体験の民主化」を目指しています。

株式会社 Qosmo代表取締役の徳井直生氏はAIツールを活用した音楽の可能性を探求しており、こうしたテーマに関するライブパフォーマンスやコラボ企画を行ってきました。そうした活動には2022年のMUTEK.JPで行われたGANを使った音響生成によるライブパフォーマンスや、Qosmo社が開発した AIオーディオプラグイン「Neutone」を使ったBIKYUKIとのセッションがあります。また、同氏は『創るためのAI 機械と創造性のはてしない物語』を出版しています。

大阪公立大学文学研究科文化構想学専攻所属の増田聡教授は、現代ポピュラー音楽を美学的に考察する研究を行っています。そうした研究のひとつに音楽著作権研究があります。現在の日本の著作権法は西洋クラシック音楽の創作観の影響下にあり、作曲を中心に創作性が生じます。対してジャズの創作観は演奏が中心となっており、著作権法との食い違いが生じています。こうした食い違いが表面化した事件として「大地讃頌事件」があります。

増田教授は、いわゆる「パクリ」に関する研究や音楽メディアの文化研究なども行っています。後者の研究は、音楽生成AIの台頭を直接的に扱うものと言えるでしょう。

「顔のない音楽」の消費を予感させる音楽生成AI

パネリストの自己紹介に続いて、パネルディスカッションが行われました。今回の企画セッションでは、以下のような3つの問いがテーマになりました。

問い1「AIは音楽や音楽を楽しむ我々をどう変えうるか」をめぐっては、パネリストから以下のような興味深い見解が示されました。

1. （徳井氏発言）音楽生成AIは、一般リスナーに対して創作と聴取の間にあるような新しい音楽の鑑賞方法を提供するので、創作ツールというよりは聴取ツールの延長にあるのではなかろうか。というのも、それは新しい楽曲を提供するのではなく、既存の音楽のリミックスをきめ細かく提供するから。音楽生成AIを聴取ツールと捉えることで、そのAIに学習データを提供するアーティストの権利や、生成した音楽の法的位置づけの議論の出発点となる。

1. （増田教授発言）近年の音楽学では、音楽を楽曲の最終的な音響的生成物として狭くとらえるのではなく、作曲から配信にいたるまでの音楽に付随する行為全体として広くとらえる。この見地から音楽生成AIを見ると、AIは行為主体ではないので音楽の担い手ではない。音楽生成AIをこのようにとらえることで、従来の音楽聴取はアーティストの身体的行為の鑑賞という新しい側面が強調されるのではないか。
2. （前澤氏発言）音楽生成AIを使う場合、プロンプトの入力形態によって創造的か聴取的かが変わる。単純なプロンプトであれば受動的・聴取的だが、複雑なそれであれば能動的・創造的となるだろう。
3. （徳井氏発言）ユーザと（音楽生成AIに入力する）プロンプトの関係は連続的なグラデーションのようなものであり、このグラデーションの一方の極には受動的な聴取があり、他方の極には能動的な創作活動が位置している。
4. （増田教授発言）音楽における「アーティスト」と「作者」は、厳密に言えば同義ではない。例えばビートルズの楽曲『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』は、テープをつないだプロデューサーのジョージ・マーティンなしには存在せず、ビートルズ4人だけで創作したものではない。現在の音楽における「アーティスト」とは、楽曲を他と区別するためのブランド名のように機能している。音楽生成AIが出力する音楽は、介在する人間が不在な言わば「顔なし」「無ブランド」な存在。こうした音楽が今後どのように文化的に位置づけられるのかに興味がある。

1. （徳井氏発言）音楽生成AIが出力する「顔のない音楽」は、集中時や就寝時に聴くBGMのように位置づけられるかもしれない。
2. （増田教授発言）誰が作曲・演奏しているかを重視しない音楽ジャンルとしての「ファストミュージック」は生成AIが担当し、旧来の人間が担う音楽と分化して進化する可能性はあるだろう。

創造性を見出す人間と創造性への気づきを与えるかもしれないAI

問い2「AIは音楽における創造性を獲得できるのか」については、以下のような見解が示されました。

1. （徳井氏発言）既存ジャンルの枠内で創作する創造性とは区別されるジャンル自体を生み出すような「変革的創造」は、現在のAI技術では実現できない。生成AIの出力を人間が加工することで、新規ジャンルが創造される可能性はあるだろう。

1. （前澤氏発言）AIが音の組み合わせを無数に探索することで、人間が直ちに共感できないかもしれないが、変革的創造性のトリガーになるような組み合わせを出力することは可能ではないか。
2. （中村准教授発言）「創造性を人間が見いだせる」ことが重要。そうした創造性を見出すには、創作物が生みだされたコンテキストを理解する必要がある。創作に関するバックグランドがない一切人間は、創造的な刺激に対して何も感じられない。それゆえ、「創造性への気づき」を支援するツールとしてAIを活用するのが、生産的ではないか。

1. （増田教授発言）創造性の根源とは、欲望などの情動や感情だと思う。美味しいお酒を造るAIは登場するだろうが、お酒を美味しいと感じるAIはまだ誕生しないだろう。AIに出来そうなのは、お酒を美味しそうに飲むシミュレーションに過ぎないだろう。

AIが創作活動を代替しつつあっても、創作活動は人間にとって快楽であり続ける

問い3「AIは音楽を作りたい人間のパートナーになりえるか」では、以下のような見解が示されました。

1. （前澤氏発言）音を出したいという欲求を満たすための道具にAIはなるだろう。

1. （増田教授発言）新技術による表現が文化として定着するには、表現形式の定式化や表現ツールのプラットフォーム化が不可欠。それゆえ音楽生成AIが文化として定着するには、生成物をめぐってその優劣を競う枠組みとなるような表現形式の標準化が必要。
2. （徳井氏発言）AIがパートナーとなるには、意外性や予測不可能性の許容が必要。人間が思いつかないようなことをAIが生成することが、重要なのではないか。

1. （中村准教授発言）音楽生成AIの台頭によって、既存音楽の再生産的な創作に対する評価は低くなる一方で、生成AIを活用した新ジャンル音楽の追求が行われるだろう。そして、音楽生成の敷居が低くなった結果、現在の画像共有系SNSのように、日々の生活や感情を音楽として記録・共有する文化が誕生するかもしれない。このように普及すると、AIはパートナーというより便利なツールとなるだろう。
2. （徳井氏発言）創作活動には、アイデアの発案とその実行というふたつのフェーズがある。AIが実行パートを担当したとしても、人間はアイデアを出す主体として残り続けるだろうし、こうしたアイデアの発案自体が快楽なのではなかろうか。そして、表現行為を代替するAIを開発する是非を考えるのは依然として人間であり、この問題意識は今後ますます重要となるだろう。
3. （北原教授発言）人間にとって創作活動自体が快楽なので、生成AIが創作活動を代替したとしても、創作者は減らないだろう。また、「何が創造的か」という価値判断を決めるのは人間だけで、AIによる代替はまだ起こらないだろう。

聴衆の意見も共有

今回の企画セッションでは、聴衆からの意見をGoogleドキュメントで共有しました。そうした意見の一部を以下に引用します。

問い１「AIは音楽や音楽を楽しむ我々をどう変えうるか」に対する意見

1. VOCALOIDは「初音ミク」と言うブランドで成り立っており、いわゆるボカロPが作者と考えるとすんなり理解できました。
2. クオリティが高い楽曲をとりあえず作るハードルがかなり下がることによって従来の地道な音楽活動のコスパが悪くなってしまい、音楽性の高い（抽象的な言い方ですが）楽曲が減ってしまうのかなあと考えています。

問い2「AIは音楽における創造性を獲得できるのか」に対する意見

1. 創造性があるかないか、結局人間基準の判断でしかないと思う。破壊的な音楽をAIが作成した場合、それを創造的であるか判断できないのではないだろうか。
2. ＡＩが創作性を発揮して何かを生成することよりも、人間が高次の能力を発揮して「良い作品」だと選ぶ部分に、より高い創作性があると感じます。
3. 身体的な快感などがあるかどうかが最終的にAIと人間との違いというお話にとても納得しました。ただ今後そこもAIが担えるようになる可能性もなくはない？

問い3「AIは音楽を作りたい人間のパートナーになりえるか」に対する意見

1. 創作能力が高い人の良いパートナーにはなると思いますが、需要が高いのは創作欲求はあるが能力が足りない人だと思うので、そういった人が創作活動を楽しめるかは難しい問題だなと。AIを創作主体（である人間）のアシスタントと考えた時に、人間がAIに飲まれてしまうのではないでしょうか。アシスタントよりも絵や物語が下手な漫画家を創作主体と認めてもらえるのか、というイメージです。
2. 先ほど「変革的創造性」の話がありましたが、人間のアーティスト／表現者も全員が変革的創造性をたくさん達成できるわけではなく、組合わせ的創造性がほとんどという人も少なくないと思います。組合わせ的創造性の部分はAIに置き換えられていくのでしょうか？

以上のような企画セッションからわかるのは、音楽生成AIは音楽市場や芸術文化としての音楽を大きく変えるポテンシャルがある、ということです。しかしながら、音楽生成AIが具体的にどのように音楽を変えていくのか、という問いかけについては専門家のあいだで一致した見解がないのが現状です。このように音楽生成AIが切り開く音楽の未来が不確定だからこそ、今回のような企画が今後も開催されてAIと音楽に関する議論を深める必要があるのではないでしょうか。そして、こうした議論を重ねていけば、AI生成音楽と著作権の関係のような重大な問題が解決されることでしょう。

Writer：吉本幸記、Image by Shutterstock