自分で論文を書いて自分で査読するAI科学者：月刊エンタメAIニュース vol.56

2024.8.20先端技術

エンタメにおいても人工知能は日進月歩で発展しており、新しい研究成果や試みが次々と発表されています。こちらの連載では、過去1か月間に公開された注目すべきゲームAIやエンタメAIに関連したニュース、論文などを紹介していきます。

人間の科学史を模倣するAIモデル

Sakana AIは8月13日、科学研究のサイクルを自動化するAIモデル「AIサイエンティスト」を発表しました。オックスフォード大学とブリティッシュ・コロンビア大学との共同研究による論文のほか、ソースコードをオープンソースとして公開しています。

AIサイエンティストは、研究アイデアの発案から実験内容の設計、実験結果の分析、論文の執筆と査読といった科学研究のサイクルを自動的に遂行するためのシステム。出力された論文の評価を次の研究成果の改善に活用することで、継続的なフィードバックループを実現しているとのことです。

Sakana AIによると、AI技術が発展するたびに研究者たちが「あとはAIに論文を書かせる方法を見つけるだけだ！」という冗談を言い合うのが常だったとのこと。今回、かつてはジョークだった話がついに現実になったということです。AIサイエンティストは発見の自動化と知識の蓄積で人間の科学コミュニティを模倣し、いずれは科学研究の姿を変えると同社は期待しています。

「日本ではAI研究に携わる人材の不足が指摘されてきました。AIサイエンティストを活用すれば同じ人員で生産性を何百倍にも高められる可能性があります。AIサイエンティストの誕生は、人材不足が指摘されてきた日本のAI研究の競争力強化につながると確信しています」と、Sakana AIはコメントしています。

論文：The AI Scientist: Towards Fully Automated Open-Ended Scientific Discovery

完全自動運転車の鍵は世界モデル

自動運転車両を開発するチューリングは8月14日、日本初となる自動運転向け生成世界モデル「Terra」（テラ）を発表しました。

Terraは、物理法則や物体の相互作用を理解して現実的な運転シーンを動画として出力できるAIモデル。アクセル、ブレーキ、ステアリングといった運転操作に関する詳細な情報を含む自社の走行データのほか、オンラインで公開されている1,500時間におよぶ走行映像のデータを学習させることで、任意の運転操作を高精度で再現できるということです。

運転シミュレータとしての利用はもちろん、自動運転のシステムに組み込むことで安全かつ効率的な自動運転技術の実現につながるとのこと。たとえば、カメラからの画像データを解析して周囲の歩行者や車両の動きを予測できれば、自動運転におけるより高度な判断が可能になると、チューリングは説明しています。

チューリングによると、言語理解をつかさどる大規模言語モデル、複数種類のデータをもとに高度な判断を行うマルチモーダルAI、身体性をもち空間把握が可能なエンボディードAIという3段階を経て、2030年までに完全自動運転車両の実現を目指しているということです。今回のTerraは、エンボディードAIの段階における技術開発を推進する重要な要素だとしています。

AIでググる機能が日本上陸

グーグルは8月15日、Google検索の結果にAIによる概要を表示する「AI Overview」に新機能を追加するとともに、新たに日本を含む6か国での提供を開始すると発表しました。

AI Overviewは、Google検索に生成AIを実装した「Search Generative Experience」（SGE）を改良した機能。グーグルが今年5月に導入したものの、「ピザにチーズがくっつかない」という検索に対する「接着剤をピザソースに混ぜれば解決する」といったジョークを真に受けたような一部の回答が問題視され、一時的にサービスを停止していました。その後、開発初期段階の新しい機能をテストできる「Search Labs」にて限定的に提供してきたという経緯があります。

今回のアップデートでは、AIによる概要の生成に使われた情報ソースへのリンクが表示されるようになったほか、概要を保存して後から参照できる機能や、概要をより理解しやすく簡略化できる機能が追加されました。さらに米国だけでなく、英国、インド、日本、インドネシア、メキシコ、ブラジルでの提供を開始するとともに、各国のローカル言語にも対応するということです。

コピーライターの思考をコピーしたAI

電通は8月5日、自社のコピーライターが長年培ってきた思考プロセスを学習させた広告コピー生成ツール「AICO2」（AI Copy Writer 2）を発表しました。

電通グループは2015年から広告制作における生成AI活用について研究開発を続けてきたとのことで、2017年には初代「AICO」を発表していました。同社によると、電通のコピーライターが考案したコピー約1万作品を学習した初代のAICOは、人間のコピーライターに多くの発想をもたらしました。一方、繰り返し利用するうちに過去のコピーと類似したものを出力したり、テーマとかけ離れたコピーを生み出したりするなど、表現力に限界があったということです。

AICO2はOpen AIのGPT-3.5 Turboをベースに、コピーライターによるコピーや意図、思考プロセスを学習させた後継モデル。伝えたいことや商品名、解決したい課題などを入力すると、伝えるべきことと表現方法が理由とともに表示されます。認知や共感が目的のキャッチコピーはもちろん、より心を動かすコピーも生成できるということです。

電通は架空の缶ビール「AICOビール」をお題に、「人と人の距離は、“二杯”で縮まる」「ビールは、理屈じゃない」「おいしさは、会話になる」「空を呑もう」といったAICO2によるキャッチコピーの例を挙げています。

AICO2には、生成したコピーを自己採点して一定の基準を満たすもののみを出力する機能が実装されており、人間のコピーライターがさらに高い次元の発想へいたる手助けをしてくれるということです。

Writer：Ritsuko Kawai