2030年には378億ドル規模に。AIインフルエンサー市場の事例と課題を概観

2024.3.21先端技術

AIの進化により、以前よりヒューマンライクなNPCやフォトリアルなデジタルヒューマンが誕生しました。こうした動向の派生形として、最近ではAIインフルエンサーが急速に台頭しています。そこで本稿では、AIインフルエンサーの市場分析、事例、そして課題を概観します。

2030年までに年平均成長率38.1%で成長

アメリカ・ニューヨークに本社を置く調査会社KBV Researchは2024年1月、『世界のバーチャルインフルエンサー市場規模、シェア、動向分析レポート』（海外では「バーチャルインフルエンサー」という表現が一般的）を発表しました。

以上のレポートによると、世界のAIインフルエンサー市場規模は2022年に33億ドルになり、それから年平均成長率38.1%で成長して2030年には378億ドルに達すると予測されています。AIインフルエンサーのユースケースを業界別に見るとエンタメやスポーツ・フィットネスで利用されていますが、AIアシスタントとして金融業界でも活躍しています。なかでもファッション・ライフスタイル業界における活用がもっとも活発であり、2022年時点で12億1,410万ドルの市場規模となっています。

AIインフルエンサーは人間型が大半を占めていますが、そのなかでもフォトリアルなものからカートゥーン調や日本アニメ調のものまで容姿に多様性があります。また、犬や猫のような非人間をモチーフにしたAIインフルエンサーも活躍しています。例えばソーセージをモチーフとしたNOBODY SAUSAGEは、HUGO BOSSやNetflixのプロモーションに参加しています。

マーケティング会社WeAreBrainが2024年2月に公開したブログ記事では、AIインフルエンサーを活用する利点を挙げています。それらは、以下の通りです。

常時利用可能：物理的な肉体をもたないAIインフルエンサーは休息や睡眠が不要なので、文字通り365日24時間活動できます。また、同時に異なる場所に露出できるためスケジュール調整も不要です。
グローバル展開が容易：人間のインフルエンサーには言語の壁があるので、グローバル展開に多大なコストを要します。対してAIインフルエンサーはAIの多言語翻訳機能を実装すれば、容易にグローバル展開できます。
低コスト：AIインフルエンサーの初期開発には大きなコストを要するかもしれませんが、その運用では人間のインフルエンサーより低コストとなるでしょう。

以上に加えて、AIインフルエンサーはスキャンダルや炎上を引き起こす言動を起こさないという利点も指摘できるでしょう。

1か月で1万ユーロ稼ぐAIインフルエンサーも登場

世界のAIインフルエンサーのなかで近年有名なのが、スペイン・バルセロナ在住の25歳女性という設定のアイタナ（Aitana）です。彼女を特集した2024年1月のEuronews.nextの記事によると、彼女は主にモデルとして活躍しており、月収は多い時で10,000ユーロ、平均では3,000ユーロです。最近ではスポーツサプリメント会社のプロモーションに携わって、同社の顔となっています。

彼女を開発・運用しているデザイン会社theCluelessのスタッフは、彼女が活躍するコンテンツを制作するために毎週ミーティングを行っています。このミーティングでは衣装スタッフや撮影スタッフは不在で、代わりにAIやデザインの専門家が集まっています。彼女を開発するなかで気づいたことは、フォロワーは彼女の活躍と同じくらい彼女の人生に興味を持っているということです。それゆえ、彼女に関する架空のライフストーリーを入念に作り上げました。

2018年から活躍しているヌーヌーリ（Noonoouri）は、2023年9月に歌手デビューを果たし、ファーストシングル「Dominoes」はYouTubeで公開されています。歌手デビューの背景を取材した2023年9月のForbesの記事によると、彼女の声は人間の歌手の音声を素材としてAIが生成しています。その制作にはドイツ人プロデューサーのアレ・ファルベン（Alle Farben）のほか、クレジットのないクリエイターが参加しています。楽曲から得た印税は、レコーディング契約をしたワーナー・ミュージックとファルベン、そしてクリエイターで分け合っている、とのことです。

Forbesの記事は、バーチャルインフルエンサーと人間のそれを比較した場合、前者のほうがフォロワーとのエンゲージ率が高いことを報告している調査を引用しています。そのうえで今後はインターネット普及以前の世界を知らない世代が増えるので、バーチャルな存在がますます活躍するだろう、と述べています。

日本では実在の人物にインスパイアされた事例も存在

日本で活躍するAIインフルエンサーには、KINDLER株式会社が2023年4月に発表した「AI女子大生SARI(さり)」がいます。彼女の容姿はStable Diffusionで生成され、会話機能はChatGPTを活用して実現しています。彼女と話すにはLINEで友達登録することになりますが、彼女が発表されてから1日で1,000人との友達登録がありました。6月4日には男性AIインフルエンサーのHARUとともに配信ニュース番組『ABEMA的ニュースショー』に出演しました。

KINDLERは2024年1月にAIインフルエンサー養成CAMPを開催しており、AIインフルエンサーによるプロモーションに興味の人々に対して、その運用ノウハウをオンラインでレクチャーしました。

2023年4月13日には、「2ちゃんねる」開設者で知られるひろゆきをモチーフとした「AIひろゆき」がYouTubeで生配信しました。この生配信は、当時としては日本初の試みでした。同AIの音声は株式会社CoeFont、動画は株式会社AIdeaLab、話すテキストはGPT-4でそれぞれ生成しました。GPT-4は追加学習をしており、学習データとしてひろゆき氏が話しそうな内容を一般公募しました。

AIひろゆきの音声に使われたCoeFontは、誰もが手軽に使える「声のフォント」をめざして開発されたサービスです。5,000種類以上のAI音声が用意されており、1文字あたりの価格が0.05円からと低価格で利用できます。

さまざまな倫理的課題も山積

企業とフォロワーのあいだの新しい関係を構築できるAIインフルエンサーには、倫理的な課題が山積しています。前出のWeAreBrainのブログ記事では、以下のような問題を指摘しています。

透明性：AI技術が進化すればするほど、AIインフルエンサーと人間を区別するのが難しくなります。人工的に生成された存在であることをフォロワーが簡単に識別できる仕組みが不可欠となるでしょう。
コンテンツ操作：AIインフルエンサーを活用したプロモーションは、人間が関わるそれよりバーチャル的なものとなります。そうしたプロモーションは、時として現実から乖離したイメージを伝えてしまう可能性があります。それゆえ、企業はより慎重なコンテンツ作りが求められます。
非現実的な容姿：AIインフルエンサーの容姿は理想化されたものであることが多く、現実にはありえないものかもしれません。非現実的な容姿は、ステレオタイプを助長したり、フォロワーにコンプレックスを抱かせたりするリスクがあります。
ジェンダー格差：現状のAIインフルエンサーは、圧倒的に女性が占めています。こうした現状は、女性のほうがインフルエンサーに敏感だからというマーケティング上の理由が指摘できますが、ジェンダーに関する社会的認識が関わっているかもしれません。いずれにしろ、「DEI（Diversity, Equity & Inclusion）」推進の観点から言えば、男性インフルエンサーのさらなる活躍が期待されます。

AIインフルエンサーは、さまざまなメリットがあるためにその活用はますます増えることでしょう。その一方で山積する倫理的問題については、活用企業が取り組むと同時に、フォロワーがAIインフルエンサーに潜むリスクを明確に意識することも必要になるでしょう。

Writer：吉本幸記