生成AI時代に対応したAIネイティブゲームエンジンの最前線

生成AIの恩恵を受ける業務のひとつとしてゲーム開発が挙げられます。生成AIを活用すれば、背景画像やNPCのセリフなどのアセットを効率よく制作できるからです。こうした生成AIによるゲーム開発効率化の影響は、ゲームエンジンにも及んでいます。そこで本稿では生成AI時代におけるゲームエンジンの在り方を考察したうえで、AIナイティブなゲームエンジンの事例を紹介します。

【参考記事】LLM統合型ゲームエンジンとしてのMindAgentの可能性

生成AI時代のゲームエンジンに求められる特徴

ベンチャーキャピタルのAndreessen Horowitzは2023年12月13日、次世代ゲームエンジンの在り方を考察した記事を公開しました。この記事では、UnrealやUnityといった既存のメジャーなゲームエンジンは生成AI登場以前に開発されたものなので、現在および未来の技術的情勢に完全にフィットしているわけではないことが指摘されます。そのうえで次世代ゲームエンジンに求められる特徴として、以下の5項目を挙げています。

1. AIネイティブ：次世代ゲームエンジンは、生成AIをフル活用するものになります。具体的には、ゲームのコンセプトを表すキーワードを入力すると、生成AIが自動的にゲーム環境を出力するようになるでしょう。例えば「中世ヨーロッパ風の城内」と入力すると、石造りの壁に囲まれた広間が生成され、そのなかには王座や絨毯が置かれるでしょう。
2. クラウドネイティブ：既存のゲームエンジンは、ローカルPCで制作することが当たり前の時代に誕生したものでした。しかし、クラウドやSaaSが普及した今日では、ゲームエンジンもクラウドネイティブになります。ゲームアセットだけではなくゲームビルドなどの各種開発機能も、クラウドで管理するようになるでしょう。その結果として、ローカルの開発環境は必要なオブジェクトや機能だけが並ぶシンプルなものとなるでしょう。
3. コークリエイション：次世代ゲームエンジンがクラウドネイティブであることの帰結として、開発者はインターネットを介して共同作業することが当たり前となります。こうした共同作業は世界規模で実行されると同時に、在宅での作業も可能とするでしょう。
4. 適応型UX：クラウドネイティブな次世代ゲームエンジンは、クラウドから必要な機能を揃えるようになります。そのため、開発者の熟練度や役割に応じてUXがカスタマイズされるようになるでしょう。使いやすいようにパッケージ化されたUXセットが販売されるようになるかも知れません。
5. プレイヤークリエイターファースト：バトルロイヤルシューティングゲームとして有名な『フォートナイト』を開発するEpic Gamesは2023年3月、プレイヤーがゲーム開発できるゲームエンジン「Unreal Editor For Fortnite」をリリースしました。次世代ゲームエンジンでは、こうしたプレイヤーにゲーム開発環境を提供するシステムが標準的になると予想されます。

3つの進化の道のひとつとしてのAIワールドジェネレーター

以上の5つの特徴を備えた次世代ゲームエンジンは、既存ゲームエンジンとは直接的に競合せず、新たな進化の道をたどると考えられます。そうした進化の道には、以下のような3つがあります。

1. バーティカル・フォーカス：既存プラットフォームは、クロスプラットフォーム対応に見られるように汎用性（つまりは水平的）をその特徴としていました。対して次世代ゲームエンジンは、特定のドメインやプレイヤー層にフォーカスしたもの、つまりは垂直的（バーティカル）なものとなるでしょう。こうした進化の予兆は、前出のUnreal Editor For Fortniteに見られます。このゲームエンジンは、Unreal Engineをフォートナイトのコンテンツ開発向けに再構成したものです。
2. 新プラットフォーム：XRやApple Vision Proは、UXをディスプレイ中心の体験から物理世界と重なるものに拡張しようとしています。こうしたUXの拡張は、新たなゲームエンジンが誕生する下地となります。新しいUXにフォーカスしたゲームエンジンの先駆的事例のひとつには、Volumetricsがあります。このエンジンはゲーム開発に特化したものではありませんが、コーディングをはじめとする各種開発業務を空間的UIによって行えるように設計されています。
3. AIワールドジェネレーター：前述した特徴のひとつのAIネイティブを最大限に強調した次世代ゲームエンジンは、AIワールドジェネレーターと呼べるものとなります。このゲームエンジンは、その名称が示している通り、簡単な操作でゲーム世界を生成できるように設計されます。その機能には、画像生成や3Dオブジェクト生成といった最新の生成AI技術が実装されます。2023年8月に発表されたNeRFの後継技術にあたる3D Gaussian Splattingを活用すれば、動画からフォトリアルなデジタルヒューマンを生成できるようになるでしょう。

AIワールドジェネレーターは、ゲーム開発者とプレイヤーの立ち位置を曖昧にすると考えられます。ゲーム開発者から見れば、このゲームエンジンによる開発業務はまるで「ゲーム制作に関するゲーム」をプレイしているように感じられます。また、プレイヤーに提供すれば、簡単に操作できるので自分たちの思い通りにゲーム世界を制作することでしょう。こうしてゲーム開発者とプレイヤーの体験が近しいものになるのです。

台頭するAIワールドジェネレーターの先駆的事例

2024年初頭時点において、AIワールドジェネレーターの先駆的な製品がすでにリリースされています。以下では、そうした製品事例を3つほど紹介します。

Rosebud AI Gamemakerは、「お菓子を使った3マッチゲーム」のようなゲームの基本コンセプトをテキスト入力すると、入力したテキストに合致したゲームに必要なアセットやフィールドを生成するというものです。この製品は、生成AIを活用したローコード／ノーコード・ゲームメイカーとも言えるでしょう。テキスト入力のほかに、「2Dプレイグラウンド」のようなテンプレートからゲームを制作できます。制作したゲームはプレイヤー間で共有でき、流行しているゲームはランキング表示されます。

ゲームアセットを生成できるLayerは、ゲーム開発者があらかじめ用意した既存ゲームアセットを使って訓練できます。こうした訓練により、既存ゲームアセットに対して一貫性のある新規のゲームアセットを迅速に制作できます。ゲーム背景画像を制作する機能も実装されており、テキスト入力による画像生成を併用することで複雑な構図のゲーム背景を簡単に描けます。ヘルプセンターが充実しており、ノウハウ記事や顧客事例記事を閲覧できます。

Charisma.aiは、インタラクティブストーリーコンテンツを生成する製品です。この製品を使えば、任意のストーリーに登場するキャラクターとプレイヤーの会話を簡単に設計できます。会話におけるセリフは独自の大規模言語モデルで生成され、会話の状態はノードとコネクターから構成された状態遷移グラフで管理されます。キャラクターに設定できる音声は1,000種類以上あり、会話において生じる喜びや悲しみのような感情も設定できます。

以上のように生成AI時代をむかえたことで、ゲームエンジンは新時代に突入しています。生成AIを活用する新時代のゲームエンジンは、今までゲーム開発に参入できなかった人々にゲームを開発する手段を与えます。このようにしてゲーム業界の裾野が広がれば、今までになかった発想にもとづいたゲームが登場するかも知れません。

Writer：吉本幸記