CGへの扉 Vol.74：映像制作の未来はここに。Veo 3の進化とFlowが切り開くAI時代の映像制作

Google I/O 2025で発表されたVeo 3とFlow

2025年5月20日から21日にかけて米国で開発者向けに開催されたイベントGoogle I/O 2025では、Googleがこれまで準備してきたさまざまなAI関連の発表が目白押しでした。その中でも基調講演の後半で発表された映像生成AIの新バージョン「Veo 3」と映像制作ツール「Flow」は、クリエイターたちにとってまさに映像制作の未来を先取りする存在でした。

Google I/O 2025 keynote（約2時間）：https://www.youtube.com/watch?v=o8NiE3XMPrM

映像表現に大切な「音」を操る Veo 3

CG/VFXが映画制作に大きな影響を与え始めたハリウッド映画として1993年に公開された『ジュラシックパーク』がよく題材に取り上げられます。当時映画館で見た恐竜が走りながら迫ってくる映像は驚きの連続でした。先日オンライン映像配信でたまたま見直したところ、30年以上前の映画であるとわかりつつも、物語に引き込まれ、2025年の高精細なディスプレイで観るとチープなCGでさえ当時の技術の限界を極めている感じがして、感慨深いものでした。

そこでひとつ気づいたのは、恐竜のCGとともに流れる音や効果音、音楽はまったく古びずに素晴らしいということです。試しに音声や効果音をOFFにしてその恐竜のCGを見ると、悲しいほどの貧弱さが感じられます。けれども恐竜の咆哮や迫りくる足音などを映像と同時に聴くと、ものすごい臨場感が伝わってくるのです。

映像制作において、その解像度やコントラスト、色使い、光の雰囲気など、さまざまな要素があり、そのどれもが大切です。生成AIによって作られる映像も同様で、その精度や現実感を追い求める傾向があります。その一方で人間の感覚は目から入る映像だけではなく、音や香りなどからも大きな影響を受けており、その組み合わせによって得られる現実感や臨場感が増すのです。

映画『ジュラシックパーク』は、ジョージ・ルーカスが設立したルーカスフィルムの音響部門であるスカイウォーカー・サウンドという音響スタジオで収録されました。恐竜ティラノサウルスの咆哮は、赤ちゃん象の鳴き声とワニのうなり声、トラの唸り声を混ぜ合わせて作られています。スカイウォーカー・サウンドは約70万種類以上の効果音を保持しており、風の音だけでも約11,000種類あるそうです。

そういった映像表現における「音」に着目したのが今回大幅アップデートを実施した Veo 3 のポイントです。

1. 音声付き動画の生成：キャラクターの会話、環境音、効果音などをふくむ動画を生成可能
2. 高精度なリップシンク：キャラクターの口の動きと音声が自然に一致し、リアルな表現を実現
3. 物理法則の再現：光の反射や衣服の揺れなど、現実世界の物理現象を忠実に再現
4. プロンプト理解力の向上：ストーリーやシーンの短い説明文でも、適切な映像を生成

GoogleのAI研究部門DeepMindが開発した映像生成モデル「Veo 3」は、映画のワンシーンのような高精細な動画を、比較的短いテキストプロンプトからでも自動生成します。光の反射、物理的な動き、物質の質感まで、わざわざ細かく指定せずとも、現実世界に合わせてリアルに映像再現し、映像内のキャラクターの動きにも一貫性が保持され、違和感の無い展開が行われます。これまで個別の「驚くほどリアルな動画の断片」を観て感心していた段階から、生成した映像の断片により実際の物語を展開していくことを可能にする段階へと飛躍したと言えます。

前バージョンのVeo 2にはありませんでしたが、今回Veo 3で新たに搭載されたネイティブオーディオ生成機能が逸品です。森の音、波の音、環境音、さらにはキャラクター同士のセリフまで、まるで実写映画のような音響演出が可能になったのです。プロンプトからキャラクターのセリフや環境音、効果音までも自動生成し、視覚と聴覚がぴったりと同期した映像と音を作ることが可能になりました。これまで数週間や数か月かけて、さまざまな専門アーティストが協力して作り上げていたものが驚くべきスピードで何度でも繰り返せるようになったのです。

この機能は現実世界では会話をしない動物のようなキャラクターにも有効です。映像や効果音の専門家、声色が自由に操れる声優にとっても、映像にぴったりな効果音や声色を用意するのはとても手間と時間のかかる工程です。映像の中で、それぞれ特徴を持ったキャラクターたちがはっきりと異なる声質でごく自然に会話するデモ映像からは、AI映像とAI音との新たな可能性を感じました。

残念ながらVeo 2で実現していた4K解像度は、Veo 3においては現状1080p解像度が上限になり、状況や設定によっては720pに制限されます。この制限はVeo 3の高機能と計算コストとのトレードオフの結果であり将来的には高解像度になることが期待されます。

創作の流れを司る映像ツールFlow

Veo 3で作られた断片的な素材を映像制作ツールとして現場で扱えるようにするのが「Flow」です。Flowは、Google DeepMindと映像作家たちとの共同開発によって生まれたものです。Veo 3の映像生成能力、Imagenの画像生成、Geminiの高度な文脈理解を融合させることで「AI映画スタジオ」としての位置付けを目論んだものともいえます。

Flowでは、まず「プロジェクトビュー」で制作中の動画を管理します。キャラクターや背景画像などの材料をアップロードまたはAIで生成し、それをテキストで再構成していくというAIならではの独自の作業フローが特徴です。たとえば「羽の生えた鶏を10フィートの高さで助手席に出現させて」といったプロンプトを入力すれば、Flowがそのシーンを理解し、映像の前後で辻褄の合う一貫した映像スタイルでシーンを自動生成してくれます。

映像のカット割りやカメラの動きも、ボタンひとつで調整できます。これは従来の生成AIにはなかなか難しかった操作で、これらがコントロールできるかできないかで、AIが制作の現場に受けいれられるか、そうでないかが左右されます。Flowでは直感的なUIでタイムラインを編集することも可能です。しかも、生成した動画を映像制作の定番ツールであるAdobe PremiereやDaVinci Resolveのような使い心地の編集ツールにエクスポートして最終的な仕上げに凝ることもできます。

Flowの機能解説動画

frames-to-videoモード

ユーザーが最初のフレーム、最後のフレーム、あるいはその両方を「ingredient drawer」から選んで再利用できます。これらのフレームはアップロードまたは生成することができ、さらに「カメラコントロールチップ」を使えば、テキストで説明せずとも自然なカメラ動作を挿入することが可能です。

ingredients-to-videoモード

複数の視覚要素、例えばオブジェクト、場所、キャラクターなどを組み合わせ、それらの相互関係や相互作用をプロンプトで指定して映像化できます。この機能は、シーン間のビジュアル一貫性を保つのに非常に有効です。

気に入ったクリップができたら、「Scenebuilder（シーンビルダー）」へ移動して、複数のクリップを組み合わせてひとつの連続シーンを作成します。ここでは、クリップから映像の範囲を指定してトリミングしたり、シーンを元の素材の再生時間よりも引き延ばしたり、途中の映像フレームを保存して別のシーンに再利用したりと、編集機能も充実しています。

さらに、とても便利に使えそうなのが「Jump To」機能です。Geminiが前のクリップの終了点を分析し、プロンプトを元に自然な流れで次のシーンを自動生成してくれるという、AIならではの補完がなされています。まるでDJが次々と雰囲気のあった音楽を繋いでいってくれるかのようです。

独特の世界観でカルト的人気を誇る『π〈パイ〉』（1998年）、有名どころではナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』（2010年）の映画監督のダーレン・アロノフスキー氏がFlowを活用して短編映画の制作に着手するなど、プロのクリエイターによる活用もはじまっています。

ダーレン・アロノフスキー氏らへのインタビュー

ANCESTRA Trailer（「先祖代々の」という意味の短編。予告編：2025年6月13日公開予定）

特に、完成形の映像を作る前に検討や確認のために制作するラフ映像であるプリビズ（プリビジュアライゼーション）は現在、映画制作やCM制作の現場では欠かせないものになっています。これまではプリビズ専門の企業やアーティストが業務として手がけていましたが、今後は従来のプリビズ作業をVeo 3とFlowで置き換えたり、低予算プロジェクトでの試作映像の作成といった用途において、圧倒的なスピードと柔軟性を発揮することが期待されます。

即興演奏もなんのその？ Lyria 2の存在

Lyra 2
https://deepmind.google/models/lyria/

リアルタイムで雰囲気をコントロールできるMusicFX DJ
https://labs.google/fx/ja/tools/music-fx-dj

Lyria 2は、Google DeepMindが開発した音楽の生成に特化した生成AI大規模モデルです。Google I/O開催の少し前、2025年4月に発表され、同社の「Music AI Sandbox」プラットフォームに統合されました。Google I/O 2025でもお披露目され、会場の拍手喝采を浴びていました。このモデルは、一般的な音源クオリティを満たした48kHz/24bitの高音質なステレオ音源を生成できる能力を持ち、ポップ、ロック、クラシックなど多様な音楽ジャンルに対応しています。希望のスタイルに応じて、リズム、メロディ、ハーモニーを平易に調整することも可能です。

また、Lyria 2と同時に発表された「Lyria RealTime」は、リアルタイムで音楽生成を制御できる機能を提供します。クリエイターは即座に音楽のスタイルや感情を調整しながら、創作活動を進めることができます。さらに、テキスト駆動型の機能も追加され、歌詞や既存の音源から新たな音楽を生成・編集することが可能となっています。Lyria RealTimeの実装例の一つである MusicFX DJを試すと、映画音楽風の映像にあった楽曲がパラメータの調整だけですぐに作り出せるのがわかると思います。

これからが真のAI映像制作の時代に

Veo 3とFlowは、映像制作の工程を根本から再構築しようとしています。プロの映像作家だけでなく、初学者やプロンプト入力に不慣れな人でも、感覚的に操作しながらクオリティの高い映像表現が可能になります。

「カメラワーク」「登場人物の一貫性」「映像構成の流れ」といった、プロの現場で培われてきた感性やルールをAIが模倣・拡張しています。映像制作に必須の技術的基盤と操作性が尊重され、全自動の映像制作ではなく、人間が演出し、人間が映像制作するサポートをするAIとして、Veo 3とFlowには見事に制作工程に融合されています。

単なるツールの進化ではなく、ツールの一般化、どんな人でもAIによって創造性が加速される時代がやってきたのです。映像制作のプロはプロなりにさらに素晴らしい映像を、映像制作の素人は素人なりにさまざまな映像を作ることができます。こうなると単なるAIおよびツールの進化ではなく「映像制作が再定義」される時代になってきたのだと考えられます。人間が作った映像と、生成AIの作った映像に見分けがつかない？ そういった懸念に応えてGoogleはSynthIDという映像や画像に見えないウォーターマークを埋め込む技術を展開しています。

これまで偶然に任せていた生成AIによる映像制作があらたな領域に踏み込んできました。もしかしたら人間が観たいと思っていたものの、これまで生み出せていなかった映像が、AIとのコラボレーションで生まれてくるかもしれません。

本連載の今後の予定：「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。何か取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

CGへの扉：

Vol.73：生成AIの苦手を克服。世界観を維持し、演出可能なAIの台頭

Vol.72：GDC 2025で巻き起こっているAIへの冷静な評価と未来への展望

Vol.71：Google Labs発、Whiskの追撃

Vol.70：OpenAIの12Daysを振り返り、アルトマンの思想とAI業界の栄枯盛衰を考察する

Vol.69：AIが制作にも研究にも浸透。SIGGRAPH Asia 2024を振り返る

Vol.68：AIの価値はクリエイティブの試行錯誤の回数と速度

Vol.67：AdobeMAX 2024開催。生成AIの近未来「Sneaks」の驚き

Vol.66：偶然に任せない、生成AIにおける演出・調整の可能性

Vol.65：CGの祭典SIGGRAPH2024におけるAI活用の潮流

Vol.64：不祥事とは無縁、生成AIが生み出す広告映像の違和感

Vol.63：ライバル？ いえいえ思想が違います。Google I/O、Apple WWDCにみるAI戦略の違い

Vol.62：AIによるフェイク画像さえも新しい表現方法に

Vol.61：AIの影響を受ける素材ビジネスの生存戦略

Vol.60：AIは世界を認識したのか？ Soraが描き出す物理世界

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Contributor：安藤幸央