CGへの扉 Vol.71：Google Labs発、Whiskの追撃

偶然性からコントロールへ、人間の創作プロセスに近づいた生成AI「Whisk」

Google Labsから2024年末、新しい生成AIの実験ツール「Whisk（ウィスク）」が登場しました。このツールは、これまでのように長いテキストプロンプトを書くのではなく、画像を使って直感的にアイデアを生成・リミックスできるのが特徴です。

Whiskは、3つの画像を組み合わせることで、独自の表現を生み出せる生成AIツールです。

1. 「主題・被写体（Subject）」：描きたいモチーフとなる画像
2. 「シーン（Scene）」：背景や環境となる画像
3. 「スタイル（Style）」：作品の雰囲気やタッチを決める画像

AI登場以前、これまでも漫画家や多くの画家たちは、この主題＋シーン＋スタイルという組み合わせで、作品を作ったり、学んだり、過去の作品からインスピレーションを受けて制作してきたことでしょう。

これまでの生成AIは「ぬいぐるみ風のメガネをかけたオジさんのキャラクターを描いて」といった形で、主に文章による指示、いわゆるプロンプトで表現したいものを指示してきましたが、Whisk では画像を生成するためのプロンプトそのものもAIが手助けし、人間が表現に際して悩む要素が少なくなっています。

Whisk の手順やアプローチは人間本来の制作スタイルに近い考えを持ったものかもしれません。これまでのデジタル画像ツールはベクターやピクセルをコントロールして求める画像を完成に導いてきました。Whiskのアプローチは、従来の画像編集ソフトとも、単なる生成AIとも異なる、制作手順そのものに変革をもたらす可能性を秘めています。ただし、現在のWhiskはテクノロジーのデモという位置づけで、まだまだお遊びの領域を抜け出せていない気もします。

また、これまでの生成AIの大きな課題は、偶然性に頼ることが多く、完成したものに手をいれたり修正を加えることが難しく、都度都度偶然性に左右される制作物となるため、極限まで演出を行き渡らせたい映像制作の現場ではなかなか活用しきれていないのが現実でした。ところが Whiskでは、Refine機能を使えば画像のディテール、キャラクターの衣服を差し替えたり、色合いなどを調整したりできるのです。

Whiskでは、GoogleのAIモデル「Gemini」が画像を解析し、キャプションを自動生成。キャプションをもとに、Googleの画像生成モデル「Imagen 3」が画像を作成します。Google LabsではこういったGemini、Imagen、Veoといった生成AIモデルを活用し、新たなプロダクトの実験が数多く公開されています。ことAIに関しては先行他社に比べて遅れをとっている印象のGoogleもこのLabsの一覧を見るとさまざまな挑戦的かつ実用的でもある実験が公開されているのがわかります。

Google Labs
https://labs.google/experiments

1. Career Dreamer：AIがユーザーのスキルや興味をもとに、最適なキャリアパスを提案するツール
2. Daily Listen：AIがユーザー向けにパーソナライズした短い音声コンテンツを提供するオーディオ番組
3. Whisk：画像をプロンプトとして活用し、アイデアを視覚化しながらストーリーを作る画像生成ツール
4. Project Mariner：ブラウザを起点に、人間とAIエージェントの新しいインタラクションを探求する研究プロジェクト
5. NotebookLM：AIが重要な情報を整理し、分析するためのインテリジェントなノートブック
6. Jules：PythonやJavaScriptのバグ修正を自動化するGitHub向けAIコーディングアシスタント
7. Project Astra：次世代のユニバーサルAIアシスタントを開発する研究プロジェクト
8. VideoFX：Google DeepMindの最新AIモデル「Veo 2」を活用したAI動画生成ツール。
9. Gemini in Colab：GoogleのAI「Gemini 2.0」を利用し、Colab（Jupyter Notebook）を自動生成するツール
10. AI Overviews in Search：Google検索において生成AIを活用した要約機能を提供し、ユーザーの検索をサポート
11. ImageFX：テキストから画像を生成し、無限の創造性を発揮できる画像生成ツール
12. Ask Photos：GoogleのAI「Gemini」を活用し、Googleフォトの写真を検索・整理できる新機能
13. TextFX：ライターやラッパー向けに、言葉の創造力を引き出す言語生成ツール
14. Gen AI in Chrome：Chrome内でタブ整理、テーマ作成、文章作成支援を行うAI機能
15. Help Me Script：テキストをGoogle Homeの自動化スクリプトに変換するツール
16. Magic Editor：GoogleフォトのAI写真編集ツールで、画像の修正や再構成が可能
17. IDX：クラウド上でフルスタック開発をサポートする環境
18. /Code：AIを活用した開発者向けの実験的なコーディングツール
19. Illuminate：学術論文をAIが要約し、対話型の解説を提供するツール
20. MusicFX：AIでオリジナルのビートや楽曲を作成するツール
21. Conversational AI on YouTube：YouTubeの動画に関する質問応答、関連動画の推薦などを行う会話型AI
22. Google Vids：仕事向けのAI動画作成ツール
23. Gen Chess：AIでカスタムチェスセットを作成し、オンラインで対局できるツール
24. GenType：AIが独自のフォントやアルファベットを生成
25. National Gallery Mixtape：Google Arts & CultureのAIが絵画にインスパイアされたサウンドトラックを作成
26. Talking Tours：Googleのストリートビューと連携したAIオーディオガイド
27. Food Mood：AIがオリジナルの創作レシピを提案するツール
28. GenDino：Chromeの「恐竜ゲーム」のAIリミックス版
29. Say What You See：AIプロンプトの使い方を学ぶための画像解析トレーニングツール

Whiskがこれまでの生成AIと異なるアプローチなのは？

Whiskの一番の魅力は、その圧倒的な手軽さにあります。多くのAI画像生成ツールは、「プロンプトの技術」が問われるため、
「どんな言葉を入力すれば理想の画像が出るのか？」を考えなければなりません。頭で思い描いている、理想の画像をすらすらと言葉で表現できる人はそう多くはいません。アーティスト気質の人であれば、言葉で表現するよりも自分で作った方が早いという人もいるかもしれません。けれどもWhiskはそんな表現にまつわる面倒さを一切排除しました。

画像をアップロードする：
　ブランドのロゴ
　子どもの描いたイラスト
　ペットの写真
　落書き などなんでも良いのです

スタイルを選択する：
　ステッカー風（ポップでカジュアルなデザイン）
　ぬいぐるみ風（ふわふわした立体感のあるデザイン）
　ペン画風（スケッチ風のアートスタイル）
　その他、さまざまなプリセットスタイルを利用できます

Whiskでは画像をドラッグ＆ドロップし、ボタンをクリックするだけです。わずか数秒で、複数のバリエーションが生成され、偶然性を楽しむためにサイコロアイコンを押し、AIにスタイルの設定を任せても良いのです。「カプセルトイ」や「お弁当」といった日本人にとっては親しみのあるスタイルが選べるのも楽しいところです。ここで特に注目すべきは、制作の主体が人間側ではなくAIの偶然性、AIの自由な発想を楽しめることがポイントです。AIが生み出す予想外でありつつも、期待に応えるのデザインが、思わぬインスピレーションを与えてくれるかもしれません。

Whiskの登場によって、これから世の中に広がるデザインにいくつか影響を与えることになるかもしれません。例えば、もともと考えていたプロダクトデザインに何か違ったテイストやスタイルを当てはめてみることができます。思いもよらなかったようなプロダクトデザインの試作も数秒で作れるのです。無骨なモノトーンのデジタルデバイスのデザインを、ポップでパステル調のスタイルに切り替えてみたり、よりカジュアルなブランドイメージを当てはめてみたりすることができます。従来であれば試そうとも思わなかったことを一瞬で試作でき、試行錯誤の回数をパターンを無限に増やすことができます。何よりもWhiskのスピード感が創造性を刺激し、新たなアイデアを生み出すきっかけになります。

活用のヒント：

Whiskは、被写体、シーン、スタイルの複数のバリエーションをアップロードして、さまざまな組み合わせを試すことができます。Whiskは、AIで生成された出力全体の一貫性を維持しながら、画像から要素を変えていくことができます。Whiskの表現に満足できない場合は、より説明的な要素を加えていきます。

現状の課題としては、細々とした修正が思い通りにいかない場合もあったり、極端な事例やモノを作ろうとしても凡庸な表現になってしまったり、時々奇妙な結果が出力されたりします。このWhiskの不完全さはむしろ魅力のひとつともいえます。Whiskの大きな特徴は、生成された画像ごとにAIが自動的にテキストプロンプトを生成してくれることも注目です。これにより、Whiskで作った画像をもとに、他のAIツールでさらに詳細な調整や違った表現を加えることも可能になります。

Whiskはプロのデザイナーを置き換えるツールとまではいきませんが、創造性を加速してくれる、ずっと遊んでいられるツールであることは確かです。Whiskが出力したプロンプトを再利用する新しいクリエイティブの手法が広がるかもしれません。Whiskのベースとなっているのは従来からある生成AI技術の組み合わせでしかありませんが、「生成AIの利用にはプロンプトを使いこなすことが必須であり当然である」という考えを払拭し、技術的には従来どおりプロンプトを基準に動作していますが、利用者にとっては実質的にはプロンプト無しでも使えるという点が実はWhiskのもっとも革新的な部分なのかもしれないと考えています。

本連載の今後の予定：「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。何か取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

CGへの扉：

Vol.70：OpenAIの12Daysを振り返り、アルトマンの思想とAI業界の栄枯盛衰を考察する

Vol.69：AIが制作にも研究にも浸透。SIGGRAPH Asia 2024を振り返る

Vol.68：AIの価値はクリエイティブの試行錯誤の回数と速度

Vol.67：AdobeMAX 2024開催。生成AIの近未来「Sneaks」の驚き

Vol.66：偶然に任せない、生成AIにおける演出・調整の可能性

Vol.65：CGの祭典SIGGRAPH2024におけるAI活用の潮流

Vol.64：不祥事とは無縁、生成AIが生み出す広告映像の違和感

Vol.63：ライバル？ いえいえ思想が違います。Google I/O、Apple WWDCにみるAI戦略の違い

Vol.62：AIによるフェイク画像さえも新しい表現方法に

Vol.61：AIの影響を受ける素材ビジネスの生存戦略

Vol.60：AIは世界を認識したのか？ Soraが描き出す物理世界

Vol.59：生活に浸透するAI、身の回りの「弱い」AI

Vol.58：生成AIによる映画産業の業務の置き換えはどこまで可能か？

Vol.57：AIを活用したCG論文紹介 #SIGGRAPHAsia2023 より

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Contributor：安藤幸央