戦術と動作から「サッカーを理解するAI」に関するDeepMindの研究を紹介

2024.5.17先端技術

スポーツは以前よりAIが応用される分野として知られており、モリカトロンAIラボでも戦術分析やコーチングにおける応用事例を紹介しました。こうしたなか、DeepMindが最新のサッカー戦術分析AIを発表しました。そこで本稿ではこのAIとサッカーの基礎動作を習得できるAIを紹介することで、サッカーをテーマにした同社の研究を明らかにします。

参考記事：戦術分析からコーチングまで。スポーツ業界をアップデートするスポーツAI

ポジショニングを幾何学に変換

DeepMindは2024年3月19日、サッカー戦術分析AI「TacticAI」を紹介するブログ記事を公開しました。このAIは、3年前から始めたイングランド・プレミアリーグの強豪チームであるリバプールFCとの共同研究から生まれた最新の成果です。この共同研究の初期にはペナルティキックを分析した論文が発表されており、モリカトロンAIラボでも紹介しました。

参考記事：サッカーの戦術分析にも活躍。AI活用の新たなフロンティアとしての（e）スポーツ分析

TacticAIは、コーナーキックを戦術分析するAIとして開発されました。こうした局面が選ばれた理由として、サッカーのプレイが一旦中断してリスタートするシーンなので分析における流動性を軽減でき、なおかつゴールに直結し得る重要なシーンであるからと考えられます。

TacticAIの開発にあたっては、コーナーキックにおける以下のような疑問に答えることを目標としました。

攻撃側チームのどの選手がもっともコーナーキックの受け手となって、シュートする確率が高いのか（攻撃戦術の予測）。
過去に似たようなシーンはあったのか（類似シーンの予測）。
シュートされる確率を下げるために、防御側チームの選手をどのように配置すべきなのか（推奨防御戦術の生成）。

TacticAIの開発技法には、幾何学的ディープラーニングを用いました。この技法では攻撃と防御の全選手に関する位置関係が、点と線から構成される一種のグラフとして抽出されます。点として抽出された選手情報には、選手のグラウンド上における位置、体重、身長といったコーナーキックに影響を与える数値が割り当てられます。

幾何学的ディープラーニングを使って抽象化されたコーナーキックに関する過去のプレイは、学習データとして活用されます。学習においては、グループ等価畳み込みネットワークが応用されました。この技法は、学習データをオリジナル、H反転、V反転、HV反転の4つに分類して処理するというものです。この技法を使うことで、学習データ量の減少と学習時の計算負荷軽減に成功しました。

専門家も納得する戦術を提案

DeepMindの研究チームは、TacticAIが開発上の目標を達成しているかどうかを検証する一連のテストを実施しました。このテストではリバプールFC所属の5人のサッカー戦術専門家（以下、彼らを「テスター」と略記）に参加してもらって、同AIのさまざまな出力結果を評価してもらいました。

類似シーンの予測については、50個のコーナーキックに関してTacticAIが類似シーンを算出したうえで、それらが類似しているかどうかテスターに評価してもらいました。その結果、同AIがもっとも類似していると予測したシーンの63%について、テスターはその予測が正しいと判定しました。同様の予測を人間の専門家が行った場合は33%なので、同AIの類似シーン予測精度は人間のほぼ2倍であることがわかりました。

攻撃戦術の予測と推奨防御戦術の生成については、50個のコーナーキックに関してTacticAIが分析した結果をテスターが評価して検証しました。以下の画像が、分析結果の一例です。

画像左上（A）が分析対象となったコーナーキックの選手配置図で、（B）が実際に実行されたコーナーキックにおける各選手の動きを表しています。（D）は推奨防御戦術における防御側選手の動きを図示しています。これらの図から、例えば（B）における青点②で表示された防御側選手は現実にはゴールに向かう動きをしていたに対して、推奨戦術では赤点で示された攻撃側選手に向かうように指示されているのが読み取れます。（C）は各攻撃側選手のボールを受ける確率を、現実のコーナーキック時（ピンクの棒）と推奨防御戦術実行時（黄色の棒）で比較するグラフです。攻撃側選手②～④が推奨防御戦術によってボールを受ける確率が減る一方で、攻撃側選手①のボールを受ける確率が上がっているのは、推奨防御戦術によってゴールからいちばん離れた攻撃側選手①しかボールを受けられなくなっていることを意味します。

攻撃戦術の予測については、テスターにもっともボールを受ける確率の高い選手を予測してもらったうえで、その選手がTacticAIによってボールの受け手として予測された選手の上位3位以内にいるかどうか調べました。その結果、テスターの予測と同AIのそれがほぼ一致することがわかりました。

推奨防御戦術の提案を評価するにあたっては50の推奨内容について、テスターに戦術として好ましいもの、戦局を悪化させるもの、戦局を変えないものの3つに分類してもらいました。このテストでは、45の推奨戦術が5人のテスターの多数決によって（つまり3人以上のテスターによって）戦術として好ましいと判定されました。したがって、TacticAIの推奨戦術の90%が人間の専門家から見ても望ましいものとわかったのでした。

DeepMind研究チームの考察によれば、TacticAIはコーナーキックだけではなく、スローインやフリーキックなどのサッカーにおけるリスタートを伴うシーンに応用できます。さらにはラグビーやバスケットボールのようなリスタートを伴うスポーツ全般に流用可能です。

また、TacticAIを進化させる方向性として、対話型AIと統合して人間の分析者と対話を通してスポーツを分析する高度なスポーツ用AIアシスタントの開発が考えられています。

サッカーの基礎動作を習得できるAIも開発

DeepMindは、AIにサッカーの基礎動作を学習させる研究も行っています。その研究を報告した2022年8月31日公開の記事によると、シミュレーション環境で動作するヒューマノイドAIに何らかの動作を習得させる場合、伝統的に強化学習が用いられてきました。こうしたアプローチには、以下のような2つの問題点がありました。

「地面から降りる」のような簡単な動作であっても、膨大な試行錯誤が必要となる。この問題を解決するには、習得済みの基礎動作を再利用することで試行錯誤を減らせる。
ヒューマノイドAIは、例えば障害物コースを走破する課題を与えた時に、現実のロボットでは実現困難である突飛な動作を習得して課題を克服することがある。

以上の課題を解決するために、DeepMind研究チームはNPMP（Neural Probabilistic Motor Primitives：確率的ニューラル運動プリミティブ）と命名した学習アルゴリズムを考案しました。このアルゴリズムは、習得した基礎動作を新しい課題に再利用できるというものです。

NPMPを使って、ヒューマノイドAIにドリブルやキックなどのサッカーの基礎動作を習得させました。その後、味方AIへのパスやポジションごとの役割分担のように段階的に難しい動作も習得するようにしました。その結果、同AIは最終的にサッカーにおけるチームプレイを実行できるようになりました。

NPMPを活用したヒューマノイドAIの運動習得は、物理世界で動作するヒューマノイドロボットの制御に応用できます。前述のサッカーのチームプレイの事例は、将来的にサッカーをプレイするヒューマノイドロボットの開発の基礎となり得る成果なのです。

以上のようにDeepMindは、サッカーをテーマにしてさまざまなAI研究を行っています。こうした研究の究極的な目標は、人間を凌駕するサッカープレイロボットの開発ではなく、高度な知的判断にもとづいて人間と協調する汎用的ロボットの実現にある、と考えるのが適切でしょう。それゆえ、AGIの実現を目指してビデオゲームプレイAIの研究を続けているように、同社のサッカープレイAI研究は継続されることでしょう。

Writer：吉本幸記