創造はビジョンと好奇心から。現場重視で進化し続ける「QRコード」の原点と成長

一般社団法人日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス部門主催の「ロボティクス・メカトロニクス 講演会 2023」（ROBOMECH 2023）が名古屋国際会議場で開催されました。6月29日には「QRコード」の発案者であるデンソーウェーブ主席技師の原昌宏氏による特別講演が行われました。原氏は株式会社デンソーウェーブ主席技師、愛知県幸田町ものづくり研究センター技術顧問であり、2023年には日本学士院が授与する第113回日本学士院賞・恩賜賞を受賞しています。

演題は「世の中を変えたQRコードの開発の原点と成長」。世界中で広く使われているQRコードは近年では新たな展開を見せはじめています。2023年に入ってからはStable DiffusionのControlNetを使うことで、イラストのようなQRコード、あるいはQRコードとして機能するイラストを作ることもできるようになるなど、さらに進化しそうな勢いです。原氏の講演をレポートします。

早くから「情報」の重要性を認識していたデンソー

デンソーウェーブは1976年、バーコードリーダーをデンソーが開発し、それを販売するタイミングで3社が合併する形で設立されました。現在の年間売上高は約500億円。自動認識、FA事業、制御機器事業を手掛けています。小型ロボットでは日本ナンバーワンの企業として知られています。

なぜデンソーがQRコードを開発したのでしょうか。始まりは、トヨタの「かんばん方式（以下、かんばん）」にデンソーがバーコードを導入したことでした。原氏は当時の経緯を解説しました。1963年、トヨタが「トヨタ生産方式（TPS）」を全工場に導入しました。トヨタ生産方式では効率よく生産することが必須です。不良品を作らないだけではなく、ジャストインタイム、つまり必要なときに必要な部品を必要なだけ作る考え方です。各工程で必要なだけものを作る生産・工程管理のために「かんばん」が用いられました（詳細はトヨタのサイト参照）。

後にこれがグループ会社にも使われるようになりました。ですが伝票業務が非常に煩雑になってしまい、現場はパニックになってしまったそうです。そこでデンソーではコンピュータへの自動入力のためにかんばんにバーコードをつけました。1980年代には各工程にバーコード入りのかんばんをつけることで、リアルタイムの生産管理が行われるようになりました。

当時、原氏の上司が米国出張の折、スーパーのレジでバーコード・スキャンが行われているのを見て、「やがてこれは日本でも使われるようになる」と考えたことがきっかけだったそうです。実際、流通業界でも後にバーコードが採用されるようになりました。まずはコンビニチェーンのセブンイレブンから始まり、さらにPOS（販売時点情報管理）へと発展しました。

1990年代にバブル崩壊が起きます。「何か新しいものを」となったときに情報化対応を考えた原氏はQRコードを発案しました。会社からGOは出ましたが当時はまるで期待されておらず、部下は一人だけ。原氏をふくめて二人だけのチームにパソコン一台だけの状態から開発が始まったそうです。原氏はデンソーが「他社に先駆けて情報の重要性を認識していた」ことが開発のきっかけだったと振り返りました。

必要とされていたQRコード

当時、自動車業界はユーザーニーズが多様化し、それに伴って部品点数が増えていました。ですがバーコードは20桁くらいしか表現できません。多くの桁数の情報を表現するためには複数のバーコードを組み合わせなければなりませんでした。

いっぽう、自動車業界は油を使います。そのためコードが汚れて読めなくなったり、読み間違えることがよくありました。読み間違えると全部読み直す必要があります。そうなると最悪ですから、ある部署では一個のバーコードを10回読ませて確認したりしていたそうです。

また、企業間の電子取引（EDI）も始まっていました。標準伝票でやりとりしたいですが、バーコードはもともとアメリカで作られたもの。ですから漢字を使うことができませんでした。原氏らは漢字を使いたいと考えました。また小型部品の管理のためには部品よりもラベルのほうが大きいと作業性が悪いです。しかしあまりに小さく印刷してしまうと読み取りができません。要するにバーコードは限界に近づいていたのです。それで原氏はQRコードを開発するに至ったのです。

QRコードとバーコードを比較すると、バーコードはバーの幅、横方向だけで情報を表現しています。いっぽうQRコードは縦横の2次元で、情報密度が高いです。情報量はバーコードの200倍。英数字や漢字も表現できます。

大きな特徴は誤読率の低さです。間違って読む確率が非常に低いのです。原氏によれば「1日に1億枚読ませて、3万年で間違えるかどうかくらい」だといいます。誤り訂正も可能で、コードの一部が汚れても復元できる特性を持っています。

連結機能もあり、最大16個まで連結できます。これによって46Kバイトの情報を扱うこともでき、「ちょっとした顔写真くらいなら入る」とのことです。

QRコードの基本構造は囲碁がヒント

白黒の四角形であるQRコードは、囲碁をヒントとしています。コードは白黒を正しく表示しないといけませんが、その当時のプリンターは精度が悪く、原氏も「大丈夫か」と思っていたそうです。そのとき、趣味でやっていた囲碁を通して、たまたまひらめいたのが歪みやズレへの対応法でした。

囲碁盤には格子があります。そのため石の位置が多少ずれても、周りの石の相対位置からどこに石が置いてあるのかはっきりわかります。つまり「ゆがみ」に強いのです。また、碁石は昔はハマグリで落としたら欠けるようなものでできていました。欠けていても格子があることで問題なく読めます。さらに囲碁盤には「星」があります。このように基準となる目印をつけることで、高速でも読めるようになります。

白と黒のバランスも調整されており、２値化することで確実に読める効果があります。最大60%の面積が汚れていても訂正可能です。基準点があることで、歪んだコードであっても安定した補正が可能です。ですから高速読み取りが可能です。簡易な計算で処理を高速化できる点もQRコードの大きな特徴です。

独自の工夫でバーコード並みの高速読み取りと誤り訂正を可能に

二次元コードの最大の課題は構造が複雑で情報量が多いことです。コードを読み取るには、まず背景ノイズからコードを抽出しないといけません。この課題の解決方法は、街のビルを見ていて、たまたまひらめいたそうです。

マンション群を見ていたときに、あるビルだけが鮮明に見えたのだそうです。そのビルは、上のほうが特徴的でした。マンションなのでほぼ同じような窓ガラスが並んでいます。ですが上層階はお金持ちが住んでいるため間取りが違い、窓も大きく、間隔が大きかったのです。

それに気がついた原氏は「背景ノイズとコードを区別できるようにするためには、周りと違う構造を入れてやればいい」と思いつきました。そこで新聞や雑誌、書籍の文字を調査しました。英数字以外、漢字やハングルも調べ、それらと違う構造を考えたのです。

そもそも、なぜ2次元コードは読むのに時間がかかるのでしょうか。バーコードは2048画素しかありません。ですが2次元コードはコードがあるかどうかを探すために180万画素を探索して、情報をデコードしなければなりません。単純計算でバーコードの約880倍の処理量が必要となります。

複雑なマークを識別するには処理コストがかかります。そうすると高速読み取りができなくなってしまいます。単純で、文字や図形にはない特徴を使う必要があります。そこで原氏らは文字の白黒比率を調べ、文字・図形にまれにしか出現しない一次元特徴を見出しました。これをコードに入れるのです。

そもそもセンサーは2次元画像に対して1次元に走査するラスタースキャンを行います。画像走査時にこのコードの読み出しも同時に行います。つまり画像を取り込むと同時にコードの位置がわかります。そうすれば、そこだけデコードすればいいので非常に高速なスキャンが可能になるというわけです。

また、特殊シンボルをコードの3コーナーに配置することで、コードの位置、大きさ、回転角度がわかるようになります。こうすることで、バーコードの5倍の情報を、約30ミリ秒と、バーコード同等の読み取り速度で読めるようになりました。毎分180mで動くベルトコンベア上のコードでも読むことができます。

一般的にはQRコードというと、綺麗なコードを見かけることが多いです。しかし工場のコードは滲んでいたり、霞んでいたり、汚れたりしていることが多いそうです。そのような状態でも使えるのは誤り訂正機能があるためです。この誤り訂正機能と高速読み取りによって、QRコードは世界中で使われるようになりました。

電子チケットから鉄道ホームまで、時代のニーズに応えるQRコードの進化

1994年に誕生したQRコードですが、この30年間で時代のニーズが変わってきたと原氏は語りました。そしてセキュリティ機能や、コピー機で複製できないQRコード、デザイン性の向上や読み取り性能向上などを紹介しました。見た目は同じQRコードなのであまり気づかれていませんが、実はさまざまな形で進化しているのです。

「SQRC」はQRコードの一部を非公開データ領域として暗号化できるセキュリティコードです。たとえば電子チケットのほか、食品パッケージにも用いられています。公開領域には一般向けの情報を入れます。それと同時に非公開領域ではトレーサビリティ機能などに適用することができます。

複製防止QRコードは、QRコードを特殊なインクでマスキングすることで複製できないようにしたものです。対応リーダーは特定波長を出すことで読み取ることができます。これはたとえば磁気切符の置き換えに用いられています。一部分を複製防止QRとすることで、低コストのチケットにできるのです。

「tQR」は汚れや破損、歪み読み取り性能を上げることで、影ができたり、真っ白になってしまう屋外でも確実に読めるQRコードです。どのような形で汚れても半分は確実に読めるそうです。これは鉄道のホームドアを開閉する制御に用いられています。

安価な読み取り機でも使えるようにしたことが普及のカギ

QRコードの大きな特徴は広く普及したことです。原氏は「普及させるためには、どんなに良いものでも現場で使いやすくないとダメです。現場の人の声を聞かなければいけません」と強調しました。QRコードの場合は、現場ニーズを聞くことで、高速読み取り、誤読しない、位置合わせしなくてもいいといったニーズを満たしました。

この種類のニーズに対しては、従来は、読み取り装置側で対応することが多かったそうです。つまり高度な画像処理を使うのです。そのためには高価なCPUが必要になります。QRコードの場合は逆でした。コード側を工夫することで、安い読み取り装置でも確実かつ高速に読めるものを作ることに力を注ぎました。「それが差別化になった」と原氏は語りました。

あとはインフラだといいます。QRコードは広く誰でも使えます。普及はデンソー1社だけでは難しいため、さまざまな会社に参入してもらうために仕様をオープンにしました。デンソーが持っている特許や権利もオープンになっています。そのため多くの用途開発が進みました。原氏は「最初に普及シナリオを立てて考えることで要件が変わってくる。シナリオを作ることも重要です」と語りました。

QRコードは当初は工場や物流倉庫で用いられていました。ですから人目にはつきませんでした。それが徐々に広く使われるようになり、今ではすっかり一般の人にも馴染み深いものになりました。原氏は「多くの人が用途開発に携わることで、さらにコンシューマーに広がっていった」と普及過程を振り返りました。

開発当初は「これからはICカードの時代だ」と言われていたこともあり、ほとんど期待されていなかったそうです。ですが「期待されてないからこそ頑張れたところもある」とのこと。「QRコードは読み取り性能を追求し、常に進化させてきた。誰でも使えるようにしたことで他社の二次元コードが出る前に普及させることができた」と原氏は語りました。

そして「ユーザーの力で用途開発するオープンイノベーションで市場が拡大しました。デンソーウェーブはものづくりは得意です。ですが用途開発はお客さんに委ねました。独占しないことで多くの企業が参入し、良いサービスが提供されるようになりました。それは使う人の視点に立って開発してきたからです」と述べて、最近増えてきた、デザインが工夫されたQRコードも紹介しました。デザイン性の高いQRコードは、特に欧米では多いそうです。

技術、知財、ビジネスの3つが連携

デンソーウェーブはQRコードの特許は持っています。それは不正用途で使われるものを市場から排除することに用いているそうです。特許は20年間で切れるので、いまは商標登録を活用しているとのこと。

デンソーウェーブでは技術、知財、ビジネスの3つを連携させて市場を拡大させてきました。読み取り装置やシステムも顧客に対応させて進化させていて、最近はサーバビジネスも行なっているそうです。徐々にサービス化してきていると言えそうです。

QRコードが一番使われていない国は日本

世界中で使われているQRコードですが、新型コロナ禍により、使われ方が非接触ニーズへと変わったそうです。実態調査によれば、特に一番使われているのはイギリスです。一方で、一番使われていない国は日本という結果になっています。

今後の例としては、バイオメトリクス、顔認証との連携を挙げました。顔を撮影して認証情報をSQRCの非公開エリアに格納するのです。これにより、カメラで撮影した情報とQRコードの中の顔認証情報を照合することで認証ができます。ホスト側には認証情報を持たせる必要がないのでシステム構成はシンプルですし、ネットワークなしの環境でも個人認証可能です。ICカード貸与の必要もなく、なりすまし防止もできます。

今後はさらにさまざまなデータを結びつけてビッグデータ解析を行うことで情報付加価値を高めたいと考えているそうです。

イノベーションから世界標準へ

最後に「イノベーション」について述べました。原氏は「イノベーションは普及が重要」と指摘し、「いかに普及させるか」ということについて語りました。

普及には「技術ハードル」と「市場ハードル」がありますが、「市場ハードルの方が高い」。市場に受け入れられるためには社会システム変革による「くらし」の変化に目を向けなければならないと述べ、そのためにはオープンにして他社とも協調しつつ、強みを取得しなければならないと語りました。

イノベーションを起こすために必要なスキルとしては、好奇心や夢、見切り発車の重要性を挙げました。創造は夢（ビジョン）と好奇心によって生まれるものだし、新ビジネスにおいては、いかに早く立ち上げるかが重要なので、時には見切り発車も必要だと語りました。原氏によれば「50％できそうならやるべき」だそうです。

そして、いったん「これでやる」と決めたら情熱を持ってやるべきであり、たとえ失敗しても失敗から学べばいいと語りました。今日の技術進歩は非常に速いので、一度やめてしまうと再び挑戦することは難しくなってしまいます。また「ユーザー視点がなければ市場には普及しない」と強調しました。使う人や社会の「本質的ニーズ」を捉えなければならないと語りました。そして「全てを一気にやることは難しいので、持続的な改善が必要だ」と述べました。そうすれば自己成長もでき、事業も継続し、プロダクトもますます改善できるようになり、そして世界標準になれると語りました。

ビジネスとしての飛躍は競馬の馬券から

質疑応答では、想像以上に進歩した技術は通信と、ケータイにカメラが搭載されたことと語りました。通信が発達することによってコード自体に情報を入れるニーズは相対的に低くなった。またケータイに接写できる小型カメラが搭載されることは予想してなかったそうです。

逆に進まなかったこととしては、カラー化を挙げました。QRコードをカラーにすればさらに多くの情報を入れられますが、印刷物の色とセンサーの認識・識別の精度はまだ進んでいないとのこと。

ビジネスとして会社が本腰を入れようとしたきっかけは、2000年に、競馬の馬券にQRコードが搭載されたときだったそうです。そこから一気に投資が加速したと振り返りました。

Writer：森山和道