【JSAI2023】AI時代の芸術に人類を説得できる力は宿るのか？

生成AIの急速な発展と普及により、人工知能への関心はますます高まっています。6月6日から6月9日まで開催された第37回人工知能学会全国大会から、人工知能倫理委員会による「アートにおいても敗北しつつある人間〜人の美意識もAIにハックされるのか？」というセッションを取材しました。

セッションの登壇者は、奈良先端科学技術大学院大学の荒牧英治教授、人工知能美学芸術研究会代表で美術家の中ザワヒデキ氏、モリカトロンAIラボ編集長の高橋ミレイ氏、慶應義塾大学法学部から法哲学者の大屋雄裕氏、理化学研究所から中川裕志氏、そして国立情報学研究所から武田英明氏。慶應義塾大学理工学部の栗原聡教授による司会で、人工知能と芸術の関係や、人間の美意識や倫理観への影響、表現や著作物などの利用に関わる課題や業界構造の変化について、パネルディスカッション形式で議論が交わされました。

人間が手書きの絵にこだわる理由

荒牧氏は自然言語処理の研究に携わる傍ら、学生時代に漫画雑誌で背景アシスタントとして働いていた経験を生かして、現在でも継続的に絵を描いているそうです。2020年からはAI生成画像をモデルにした絵画制作を開始。そのなかで、絵を描くという行為にはそれほど創造性を必要としないことに気が付いたといいます。

絵画制作は、構図をトレースし陰影を加えた後に彩色を施す一連の作業であり、正確な構図を決定する部分には人間の存在が欠かせませんが、描画技術そのものはいかに簡単かつ機械的に実行できるかを念頭に発展してきたと、荒牧氏は説明します。そのため、AIによる画像生成は、従来のデジタルツールによる作業の機械化や自動化の自然な延長と考えられるということです。

それでは人間が絵を描く意味とは何でしょうか。人間があえて手間や時間がかかる描き方を選ぶのは、絵を描くという行為そのものや描く対象が好きであったり、絵を描くというコミュニケーションによって特定のコミュニティに参加したりするためではないかと、荒牧氏は述べています。

生成AIで人間の芸術は終わらない

中ザワ氏は、大規模言語モデルを用いた生成技術の登場による衝撃を写真技術が登場した時代と比較して、芸術という概念の変容について語りました。

19世紀に登場した写真技術は、人物の姿を忠実に描く肖像画家の需要を減少させる一方で、写真家という新たな芸術家を生み出しました。それまでは本物そっくりに描く技術こそが美術の本質でしたが、写真技術の登場により技術と芸術は必ずしも同義ではなくなり、結果として印象派という概念が誕生。それを起点にモダンアートが進化を続け、20世紀には抽象美術が生まれました。写真の普及により芸術は実用のための技術ではなく、芸術そのものとして純粋化されたのだと、中ザワ氏は説明します。

同様に、生成AIの登場によって実用の画家という意味でのイラストレーターの仕事は必然的に減少するだろうと、中ザワ氏は予想します。その代わりに、すでにプロンプトエンジニアリングという言葉が使われ始めているように、プロンプターという新たな職業が社会的な地位を確立するかもしれません。写真家がカメラを駆使する芸術家であるのと同様に、生成AIを駆使する芸術家が登場する可能性は否定できません。

一方で、中ザワ氏は新たな抽象芸術が登場する可能性にも言及しています。20世紀半ばに登場したコンセプチュアルアートの発展系と言えるものであり、概念芸術とも呼ばれるとのこと。写真が技術と芸術を切り離したように、この概念芸術が今度は快楽を芸術から切り離すものとなるかもしれないと、中ザワ氏は考察します。

このほか、中ザワ氏は美意識と自意識をもつAIが登場する可能性についても触れています。もしプロンプトを書くという自意識と、そのプロンプトに込められた美意識の両方がAIに備われば、もはや生成AIは道具としてではなく、完全な他者として自律的に芸術を生み出すことになります。

美意識とは感情や美学、価値観に関わるものであり、自意識とは創作や芸術の作者性に関わるものです。AIが自ら価値関数を書き、作者性を持つ存在になった時、人の美意識もAIにハックされるだろうと、中ザワ氏は予想します。

しかし、そもそも意識を定義することは極めて難しく、もしかしたら不可能かもしれません。そのため、昨年のグーグル研究者によるLaMDA騒動に見られたように、この先あたかも意識が存在しているかのようにAIが扱われる可能性の方が高いといいます。いずれにせよ、大規模言語モデルの登場による衝撃は写真技術が登場した際と同程度であり、いまのところ人間の尊厳は安泰であると、中ザワ氏は結論付けています。

AIによって変化するビジネスの仕組み

高橋氏は、近年のゲーム産業と音楽産業における生成AIの活用事例を紹介しました。米投資会社Adreeseen Horowitzが2022年11月に公開したレポートによると、ビデオゲーム開発では主に、2D画像生成、3Dアートワーク生成、アニメーション生成、レベルデザインおよびワールド生成にAI技術が活用されているとのこと。このほか、音楽やサウンドエフェクトの自動生成、NPCの会話生成、合成音声など、さまざまな分野で生成AIの実用化と発展が予想されていました。

実際に、2023年5月にはプレイヤーとNPCがリアルタイムに音声で会話できる「NVIDIA Avatar Cloud Engine」（ACE）が発表されました。同じく5月にReplica Studiosが発表したUnreal Engine向けのプラグイン「Smart NPCs」も、ユーザーの問いかけにNPCがリアルタイムで応答するという技術です。

既存の開発ツールやプラットフォームに生成AIを活用した機能が実装される事例も増えているとのこと。ユーザー生成コンテンツ型のオンラインゲームプラットフォーム「Roblox」では、3月からクリエイターツール「Roblox Studio」に生成AIを使ったアシスト機能を実装。このほか、ビデオゲームを含めた仮想世界を創造するためのツール「プロメシアンAI」や、ユーザーや企業が著作権を持つ既存画像を学習させることで、スタジオの作風やビジュアルデザインに統一感を持たせられるツール「Scenario」が紹介されました。

AI技術実装の歴史が40年近くあるゲーム産業に対し、音楽産業では、2010年代にAI技術の導入が本格化。その影響は音楽市場の構造を根本から変えてしまうほど大きかったといいます。近年では、生成AIの登場は著作権侵害に関するトラブルの原因となる一方で、新たなビジネスが拡大する可能性も示唆しています。

背景として、2015年以降は音楽ストリーミングの普及により、縮小傾向にあった音楽市場が再び成長に転じました。音楽ビジネスにおいて、検索結果やレコメンドによってより多くのリスナーに楽曲を届けるためのメタデータの管理が重要性を増すなか、Musiioが楽曲のジャンルや雰囲気などを検知して適切なメタデータを自動的に割り当てるAIソリューションの提供を開始。機械学習によって、楽曲がどのようなリスナー層にヒットするかも予測できるようになりました。

特筆すべきは、ディープラーニングの発展により実現した音源分離技術というブレークスルーです。音源分離技術自体は1990年代から開発が進められてきましたが、2013年にソニーが独自のAI技術を開発したことで商用利用が可能な水準へ引き上げられました。また、音源分離によって楽曲のステムデータがAIによって取得できるようになったことで、その学習履歴を追跡し、メロディやビートといったステムごとに権利収入を得ることが技術的に可能となりました。

このほか、AIサウンドウェルネス企業Endelがユニバーサルミュージックと提携して、所属アーティストから提供された楽曲のステムデータを基にサウンドスケープを生成する事例も紹介。睡眠やワークアウト、仕事など、ユーザーの目的に応じたメンタルウェルネスの向上に乗り出しました。アーティストや権利者がカタログの追加収入を得られる仕組みを作ると同時に、長年蓄積されたカタログと最新技術の融合によってリスナーの健康をサポートしています。

このように、AI技術の普及によって人材や収益構造の多様性が増すことでビジネスのさらなる拡大が期待される一方で、専門的なスキルを持つ人材の雇用喪失も懸念されています。たとえば中国では、ゲーム産業で働くイラストレーターの仕事がすでに生成AIに奪われ始めているとのこと。日本でも声優や音楽家による日本芸能従事者協会が、権利保護の取り組みを強化する法整備を求めて、文化庁に要望書を提出しています。

AI時代における創作性のあり方

大屋氏は、AIの動作における理由と原因を区別する必要性について議論しました。原因は因果関係、理由は正当化に関連する概念であり、動作の過程で記録や検証が可能な因果関係が必ずしも動作の正当性を保証するものではないということです。

アートは正当化のわざであると、大屋氏は指摘します。すなわち、アーティストが自己主張を通じてアートとしての評価を作り出し、人々を説得して受け入れてもらうというプロセスを経て作品が誕生する自己評論的な営みであると。AIの登場により、他の要素を活用して作られるアートも存在しますが、その評価や受容にはあくまでもアーティスト自身の主張が必要であると強調しています。

AI時代における創作性のあり方についても言及しており、その例として陶工たちに指示を出してできた作品から選び抜くことで評価された北大路魯山人の陶芸を挙げています。AI技術が普及したいま、アートの価値は実際に手を動かして制作する過程以外に、アーティストのプロデュースによって見出されるだろうと説明しています。さらに、法解釈による正当化に携わる法律家も、説得の芸術を担うアーティストであると大屋氏は付け加えています。

一方で、人間による例示、反復、修得の繰り返しによって価値基準が築かれてきたアートの歴史に触れ、実践をAIに託した場合に修得抜きに評価フェーズへ移行することはできるかという問題点を挙げました。大屋氏によると、人間は評価の仕方を語ることができておらず、あくまでも示してきたに過ぎないということです。

くわえて、大屋氏は創作性の法的保護についても問題提起しています。現行の著作権法はアイデアと表現を明確に分けており、検証不能なアイデアを保護することによる過剰規制を避けるために、保護対象と認められるのは表現のみです。つまり、プロデュースという行為には適用されません。

表現者以外に権利が帰属する例外として、職務著作を担う法人や、映画の著作物を扱う映画製作者が挙げられます。これらのケースでは権利関係が複雑になりすぎることを忌避して、著作権法の外で利益分配が行われています。AIの学習対象との権利関係においても、同様に著作権法の外側にエコシステムを築く必要があると、大屋氏は提言しています。

画像生成AIが”普通のおじさん”を描けない理由

中川氏は、画像生成AI「Midjourney」に地味で平凡な絵やシンプルな平面図を出力させるのが難しい事例を紹介するとともに、その原因について語りました。

「普通の初老のくたびれた感じのおじさん」をMidjourneyに描かせようとしても、格好良いおじさんになってしまうとのことで、あえて格好悪く見せるためには相当な苦労があったといいます。ヨレヨレのジャンパーや白髪といった具体的な要素をふくめるように明確に指示しながら試行錯誤した結果、ようやく“普通のおじさん”に近づいたということです。

このほか、「白い背景で手前に内部は透明で辺の色が黒い正三角形」や「白い背景で左下隅から右上隅にひかれた1本の黒い直線」といったシンプルな平面図を出力するように指示しても、予想とはまったく違う“芸術的な”画像が生成されてしまう例が紹介されました。

これはエンコーディングプロセスによる制約が原因だと、中川氏は指摘します。Midjourneyは、学習データの画像に正規分布の雑音を少しずつ加えて、完全な雑音画像にする拡散過程を経てパラメータを学習します。その完全な雑音状態から、拡散過程で学習したパラメータを使って雑音を除去しながら、プロンプトに適合するような複数の元画像の組み合わせに近づけていく逆拡散過程によって画像を出力するという仕組みです。つまり、この処理は学習に使われた元画像に依存しており、学習データにない画像は原理的に作れないということです。

このことから、元画像の著作権を持つ一部のクリエイターが否定的な反応を示すのは当然だと、中川氏は言います。その上で、AIは人間のように学習過程で元画像に感銘を受けているわけではないので、著作権法30条4が定めている享受性には該当しませんが、依拠性はあるのかもしれないとのこと。将来的には、クリエイターへの経済的配分を機械的に処理できる仕組みの誕生を期待したいということです。

産業革命後の機械にみるAI革命の帰結

武田氏は、画像生成AIと社会の関係について考察しています。武田氏によると、現代社会の根底にはAIに対する恐怖が存在し、それらは主に3つに分類できるといいます。1つ目は、シンギュラリティに達したAIによって人類が滅ぼされるのではないかというAI人類脅威論。2つ目は、農業革命や産業革命に続くAI革命による社会秩序の変化。そして、3つ目が、AI技術によるディープフェイクや誤情報が引き起こす社会の混乱です。どの観点からAI技術を議論するかが重要だと、武田氏は指摘します。

2つ目のAI革命による社会秩序の変化という観点では、イラストレーターやライターの仕事がなくなる可能性を懸念する見方が目立つ一方で、自動運転によってドライバーが失業する可能性を危惧する声はあまり聞かれません。むしろドライバー不足の解消を期待する機運さえあります。

武田氏はAI革命の帰結として、産業革命期に起きたラッダイト運動や赤旗法を例に挙げて、歴史上で登場した技術は必ず使用されてきたと述べています。つまり、過去にも人間から仕事を奪い機械を破壊したり規制したりしようとする動きはあっても、結果的に技術は社会に普及しました。生成AIも長期的に見れば規制されないだろうと、武田氏は予想しています。

画像生成AIについては、学習データの透明性や出力データの権利といった問題を解決する必要はあるものの、人類の歴史を振り返れば壁画や肖像画、宗教画、そして写真へと表現の手段は常に変化してきたように、これからもクリエイティビティは変わり続けていくべきだと、武田氏は主張します。

AIの提案を受け入れざるを得ない世界

果たして人間の美意識はAIにハックされるのか。セッションのテーマであるこの問いについて考えるにあたって、大屋氏は評価関数の問題であると指摘します。ディープマインドの囲碁AI「AlphaGo」が瞬く間に人間の実力を凌駕できたのは、囲碁の勝敗を決めるルールという評価関数があらかじめ固定されているからです。一方、芸術の評価や法律の解釈は人間が長い歴史のなかで価値観を書き換えてきたものです。たとえAIに新たな価値観を提唱できたとしても、それを受け入れるかどうかは人間の選択です。

この点について、人間がAIの提唱する価値観を受け入れざるを得ない時代が到来する可能性はあると、中ザワ氏は述べています。人類史を振り返れば、芸術の評価は常に社会情勢や国力といった芸術以外の要因に左右されてきました。つまり、もし人間よりAIの方が優れた認知能力を持っていると誰もが考えるようになったとしたら、AIの提唱する価値観に揺るぎない説得力が生まれるかもしれないというのです。

このことから、芸術は個人による生産物のように思えて、実は社会による生産物なのかもしれないと、中川氏は言います。AIが人間を説得できるほどの地位を確立した世界で、AI同士で互いに競い合い学習する環境ができあがれば、人間の理解のおよばないところでAIによるAIのための芸術が誕生する可能性は十分あり得ると、武田氏は予想します。もしそうなれば、AI同士が作ったコミュニティは人間社会から断絶されるだろうということです。

Writer：Ritsuko Kawai / 河合律子、Image by鳥海不二夫