AIは音楽産業の敵か味方か？ AI生成音楽市場の最新動向まとめ

2023.5.31音楽

音楽産業ではAIが生成した楽曲から構成される市場がすでに形成されています。その一方でAIによって生成されたサウンド（以下、AI生成音楽）の法的・文化的位置づけがまだ流動的であるために、さまざまな問題が生じています。そこで本稿ではAI生成音楽市場のマクロ的動向を確認したうえで、AI生成音楽の最新事例と諸問題をまとめます。

2032年には2,660万ドル市場に成長

調査会社Market.USは2023年4月、世界のAI生成音楽市場に関するレポートを公開しました。そのレポートによれば、2022年の同市場の規模は2億2,900万ドル（約320億円）であり、2023年から2032年のあいだに年平均成長率28.6%で成長して、2032年には26億6,000万ドル（約3,700億円）になると予想されています。

AI生成音楽市場の成長要因として指摘できるのが、楽曲生成スマホアプリの存在です。こうしたアプリが普及することで作曲の初心者から上級者まで多くのユーザが手軽に楽曲を生成できるようになり、とくに若年層における音楽の消費行動に変化が起こります。その一方で楽曲生成アプリを使えば必ず高品質な楽曲が完成するわけではなく、ユーザ生成楽曲が無断で学習データに流用されるような問題も懸念されます。

AI生成音楽市場は楽曲生成アプリなどから構成されるソフトウェア部門と、楽曲生成サービスを提供するサービス部門に大別でき、2022年においてはソフトウェア部門が世界の市場売上の55%を占めました。楽曲生成に使われる技術の内訳を見るとGANが41%を占めているものも、今後は自然言語処理において大きな成果を上げているTransformerが優勢になると考えられます。

楽曲生成AIの用途には作曲、音楽マスタリング、音楽ストーリーテリング、新しい音の作成が挙げられ、2022年では音楽マスタリングが30%ともっとも大きな割合を占めています。生成AIによる音楽マスタリングの利点には工数の削減、手作業によるミスの回避があります。もっとも今後は作曲を目的とした利用が増えると見込まれています。

地域別に見ると北米市場がもっとも大きく、AI生成音楽市場全体の35%を占めています。今後は日本をふくめたアジア太平洋地域が大きく成長すると予想されています。

アーティスト自身による生成音楽支援も登場

AIによる楽曲生成はすでに一般ユーザに普及しており、プロのミュージシャンも行っています。一般ユーザの事例に関しては、アメリカyahoo!newsが2023年3月23日にTikTokユーザによる楽曲生成を特集した記事を公開しています。その記事によれば、アメリカの一部のTikTokerは自分の好きなアーティストがカバーしたことのない楽曲に関して、AIによってカバー曲を生成して公開しています。そうした動画には例えばアリアナ・グランデがSZA（シザ）の「Kill Bill」をカバーしたものがあります。日本においても、TikTokで「ai 音楽」や「ai 音楽自動生成」と検索すると、AIで楽曲を生成するノウハウを解説する動画が閲覧できます。

@chilicious

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仮想通貨専門メディアDecryptは2023年4月19日、イギリスのロックバンドBreezer（ブリーザー）がAI生成アルバムを発表したことを報じました。「AIsis: The Lost Tapes」というタイトルのアルバムは同バンドが敬愛するロックバンド、オアシスにインスパイアされて制作されたのですが、このアルバムにはオアシスのヴォーカルであったリアム・ギャラガーの合成音声が使われました。合成音声の使用についてギャラガー本人に許可を取っていなかったのですが、ギャラガーは2023年4月19日のツイートで同アルバムを賞賛しました。

ミュージシャンのグライムスは2023年4月24日、50%のロイヤリティを条件に自身の音声をAI生成楽曲に使うのを容認することをツイートしました。その後、ユーザが録音した歌声をグライムスの音声に変換する楽曲生成プラットフォームElf.techを立ち上げました。5月17日には同プラットフォームを活用して制作された楽曲「Cold Touch」がYouTubeで公開されました。この楽曲に関して、グライムスは「傑作」だと述べています。

氾濫するグレーなAI生成音楽

AIによる楽曲生成を歓迎するアーティストがいる一方で、こうした楽曲の法的扱いはまだ整備されておらず言わばグレーな状況なので、懸念を表明するアーティストもいます。そうしたネガティブな事例について、TechCrunchは2023年4月19日に報じています。その記事によると、ドレイクとザ・ウィークエンドがコラボしたとされる楽曲「heart on my sleeve」が公開され、Spotifyで25万回以上、TikTokで1,000万回以上再生されました。しかし、この楽曲はGhostwriterと名のる人物が2人の許可を得ずに制作したものでした。こうした事情により、現在では同曲は削除されています。

以上の事件の少し前、ドレイクは自身の音声を使って制作されたAI生成楽曲「Munch」に対して「This is the final straw AI」とキャプションをつけてInstagramで嫌悪感を表明しました。このキャプションは「これがAIに耐する我慢の限界」と解釈できます。

テック系メディアArsTechnicaは2023年5月9日、Spotifyが同社のストリーミングサービスから数万曲のAI生成楽曲を削除したことを報じました。削除された楽曲を制作したのはAIスタートアップのBoomyであり、「ラップビート」や「雨の夜」などの説明がつけられたこれらの楽曲は1,400万曲以上にのぼっていました。こうした楽曲の一部がSpotifyから削除されたのは、人間のリスナーを装ったボットが大量のAI生成楽曲を再生することで再生数を捏造していた疑いがあったためと考えられます。

ビジネスメディアFox businessは2023年4月27日、グラミー賞を獲得したことがあるアーティストのジョン・レジェンドのAI生成音楽に関するインタビュー記事を公開しました。ニューヨークで開催されたイベント「The TIME100 Summit」において、レジェンドはAIが生活の一部となって人間の暮らしを強化するだろうと見通しを語った一方で、人間の権利は守られるべき、とAI生成音楽への警戒も述べました。

以上のようにAIを活用した新たな音楽文化が生まれつつある一方で、AI生成楽曲に関する法的整備が急務となっています。音楽産業の歴史を振り返ると、CDからデジタル配信、デジタル配信からストリーミングと技術革新が起こる度に軋轢を生みながらも新しい音楽の楽しみ方が受容されてきました。AI生成音楽についても、いずれ音楽の楽しみ方のひとつとして定着すると期待できるのではないでしょうか。

Writer：吉本幸記、Image by ShutterStock