エンタメ業界に決断を迫る生成AI：月刊エンタメAIニュース vol.71

エンタメにおいても人工知能は日進月歩で発展しており、新しい研究成果や試みが次々と発表されています。こちらの連載では、過去1か月間に公開された注目すべきゲームAIやエンタメAIに関連したニュース、論文などを紹介していきます。

ゲーム内で思考するAIエージェント

Google DeepMindは11月13日、3D仮想世界のなかで推論し、ユーザーと協力しながら自己改善できるAIエージェント「SIMA 2」を発表しました。

SIMA（Scalable Instructable Multiworld Agent）は、さまざまな仮想環境で指示を実行できるAIとして、2024年3月に初代モデルが発表されました。「左に曲がる」「はしごを登る」「地図を開く」など、600種類以上の言語指示スキルを学習しており、画面の情報を基に仮想キーボードとマウスでゲームを操作できます。一方、複雑なタスクにおける成功率は約31%と、人間プレイヤーの約71%と比較して大きく劣っていました。

今回のSIMA 2は、グーグルのGemini 2.5 Flash Liteを統合することで、単にユーザーの指示を実行するだけのツールから、ユーザーと対話できるゲームコンパニオンへと進化しています。ユーザーの目標を理解した複雑な推論によって、ゲーム内で目標志向の行動を巧みに実行できるようになりました。

研究チームによると、人間のデモンストレーション動画に言語ラベルを付けたものと、Geminiが生成したラベルを組み合わせて訓練したということです。その結果、SIMA 2は初代モデルの約2倍の性能を実現しており、複雑なタスクの成功率は約62%に向上しました。また、訓練に使用しなかった未知のゲームにおいても高いタスク完了率を示しており、ゼロショット汎化能力の向上が確認できます。

特筆すべきは、SIMA 2の自己改善能力です。SIMA 2は、初期訓練後にGeminiが生成したタスクと報酬推定値を使用して自己学習に移行できるように設計されています。これにより、人間が生成したデモンストレーションに完全に依存することなく、以前失敗したタスクを改善できるようになりました。この自己プレイを通じて収集されたデータは、その後のバージョンの訓練に使用されるということです。

研究チームは今回、Coffee StainやHello Games、Keen Software House、Tuxedo Labsなど、多数のゲーム開発会社と協力してSIMA 2を訓練・評価しました。また、DeepMindのワールドモデルであるGenie 3が生成したフォトリアリスティックな環境で、ベンチや木、蝶といったオブジェクトを正しく認識して相互作用できることも実証されています。

SIMA 2が学習したナビゲーションやツール使用、協力的なタスクの実行といったスキルは、将来のロボットコンパニオンにとって不可欠な構成要素であると、研究者たちは考えています。同社は最終的にロボット工学の発展に貢献することを目指しており、今回の研究成果をAIエージェントの具現化に向けた重要な一歩と位置づけています。

ゲーム感覚で生成AIを学べる研修サービス

日本IBMは11月17日、生成AIについて学べるカードゲーム「Generative AI Card Game Training – バトルワーカーズ」を、企業の人材育成戦略策定や人材育成プロジェクトにおける研修サービスとして提供すると発表しました。

このサービスは、セガXDの監修を受けて開発されたもので、ゲーミフィケーションの手法を用いて生成AIの仕組みやプロンプトの書き方を学べるように設計されています。この研修を通して、「何から学べばよいか分からない」「専門的で難しそう」といった心理的なハードルをゲームに夢中になりながら克服してほしいということです。

研修内容は3部構成です。まず、参加者が自分の仕事内容を入力すると、それを生成AIが評価して0から99のスコアが記載されたバトルカード3枚とサポートカード1枚が生成されます。次に、生成AIのスコアリングの仕組みを学びながら、プロンプトを更新することでより高いスコアのカード生成を目指します。この過程で、ハルシネーションやプロンプト・インジェクション攻撃への対策、著作権などの知識を習得できます。最後に、生成したカードを印刷して個人戦またはチーム戦でバトルスコアの大きさを競うというものです。

IBM Institute for Business Valueの調査によると、61%の企業が既にAIエージェントを積極的に採用しており、CEOの68%が「AIが自社の中核事業に変革をもたらす」と回答しています。今回のサービスは、IBMの人材育成のノウハウとセガXDのゲーミフィケーションの知見によって実現しました。今後、日本IBMのビジネスパートナーを通じて広く提供していくことも検討中とのことです。

AIツールの開発が加速する音楽業界

ユニバーサル ミュージック グループ（UMG）は10月30日、マルチモーダル生成AI企業のStability AIと戦略的提携を結び、次世代のプロフェッショナル向け音楽制作ツールを共同開発することを発表しました。

この提携により、新たなレコーディングのかたちや作曲のコンセプトを探求するとともに、アーティストが求めている技術を深く理解することを目指すということです。音楽制作ツールの開発プロセスの中心にアーティストを据えることで、完全にライセンス化された商業的に安全なAI音楽ツールの創出を導くとしています。

「今回の合意は、アーティストを当社のビジネスの礎とする基本理念の延長です」と、UMGのチーフデジタルオフィサー兼エグゼクティブバイスプレジデントであるマイケル・ナッシュ氏は述べています。音楽業界におけるAI技術の発展に貢献することで、クリエイティビティとビジネスの両面でアーティストの成功を支援していきたいとのことです。

また、Stability AIの最高経営責任者であるプレム・アッカラジュ氏は、「このパートナーシップは音楽制作の新時代を切り拓くものです。真の変革とは、常に芸術と科学の組み合わせから生まれるからです」とコメントしています。

音楽業界では近年、AI企業が著作権で保護された音楽を許可なく使ってAIを訓練できるかどうかの論争が続いています。ストリーミングの収益が横ばいになり新たな収入源が求められるなか、AIツールの普及による影響は株主にとって憂慮すべき問題です。

Stability AIは、2022年8月にStable Diffusionをリリースして生成AI革命の火付け役となって以降、生成AI技術を世界中のクリエイターに届けてきました。最近では、Electronic Artsとも戦略的パートナーシップを結んでおり、ゲーム開発に革新をもたらす生成AIモデルやツール、ワークフローの共同開発に乗り出しています。

Netflixが生成AIにオールイン宣言

Netflixは10月21日に発表した四半期決算報告書のなかで、「AIの継続的な進歩を効果的に活用できる非常に良い立場にある」と記し、生成AIへの積極的な姿勢を投資家に示しました。

エンターテインメント業界が映画制作における生成AIの使用時期や方法を慎重に模索するなか、Netflixはかなり前向きに受け取っているようです。同社は生成AIをコンテンツの中核として使用する計画はないものの、クリエイターの効率を高めるツールとしての可能性を認めています。

CNBCによると、NetflixのCEOであるテッド・サランドス氏は決算説明会で、「偉大なものをつくるためには、偉大なアーティストが必要です。AIはクリエイターに優れたツールを提供し、消費者の映像体験そのものを向上させてくれます。だからといって、すべてのアーティストを優れたストーリーテラーにしてくれるわけではありません」と語りました。

Netflixは今年初め、アルゼンチンのテレビ番組「The Eternaut」で建物が崩壊するシーンを作成するために初めて生成AIを使用したことを明らかにしました。その後も、「Happy Gilmore 2」の制作者が冒頭シーンでキャラクターを若く見せるために生成AIを使用したり、「Billionaires’ Bunker」のプロデューサーが衣装やセットデザインを構想するためのプリプロダクションツールとして活用したりしています。

エンターテインメント業界では、生成AIは長らく論争の対象となっています。多くのアーティストは、自分の作品を無断でトレーニングデータとして使用した生成AIツールが、自らの仕事に悪影響を及ぼす可能性を懸念しています。急速な技術発展は人々の予想よりもはるかに早く、業界全体に重要な決断を迫っています。エンタメ業界とテック業界が相互に利益をもたらせるような新戦略を、早急に練るときが来ているのかもしれません。

Writer：Ritsuko Kawai