タイトル：CGへの扉 Vol.79：すべての動画が信じられなくなった世界

SoraとVeoが描く「仮想の現実」映像の信頼が揺らぐとき

長いあいだ、私たちは「映像は現実を記録するもの」と信じてきました。カメラが光を捉え、時間を封じ込める、その瞬間に映るものが「事実」だと疑わなかったのです。ニュース映像、ホームビデオ、監視カメラなど、映像はいつも「現実の証拠」であり、真実の担保でした。

しかし、2025年9月に登場したOpenAIのSora 2と10月に登場したGoogle DeepMindのVeo 3.1は、その前提を静かに、しかし決定的に崩し始めています。いまや「撮る」と「生成する」の境界は曖昧になり、画面の中で動くすべてが、どれほどリアルであっても現実とは限らない時代に入りつつあります。単なるテクノロジーの進化ではなく、映像とは何か、真実とは何か、私たちはいったい何を信じているのかという問いが突きつけられているのです。

Sora 2：物理世界を理解する生成AIの到達点

Sora 2は、OpenAIが開発した次世代の映像生成AIです。初代Soraから、別物のごとくバージョンアップしました。初代Soraが「静止画の連続」から動画を作る段階にとどまっていたのに対し、Sora 2は物理的な世界の理解ができるようになっています。

モデル構造は、Latent Diffusion（潜在拡散）モデルとTransformer型デノイザーを組み合わせたものです。つまり、映像を「潜在空間」と呼ばれる圧縮された表現に変換し、その圧縮された内部で時間・空間・動作の整合性をとります。デノイザーでノイズを加えたり除いたりする過程で、AIは動画として自然な物理現象を再現していきます。

それは、カメラがパンするときの背景の流れ方、人物の重心移動、風で草が揺れるタイミングなど。それらは「現実の法則」に基づくものであり、Sora 2はそれをモデル内部で現実世界を理解しながら生成しています。従来の動画AIが単に「フレームごとの絵をつなぐ」方式だったのに対し、Sora 2は「時間と空間の辻褄が合った世界」を構築しているのです。

さらに、Sora 2では音声生成の機能も統合されました。環境音、効果音、セリフまでも映像に同期して自動生成され、たとえば「夕暮れの街角に風が吹く」シーンを入力すると、街路樹が揺れるとともに、風の音がかすかに流れます。映像と音が一体化した出力によって、Sora 2の映像はただ「見るもの」から「体験するもの」へと変わりました。

また、カメラワークや照明、被写界深度まで細かく制御できます。まるでバーチャルスタジオを操作するように、テキストプロンプトで映像を撮影できるのです。

そしてもうひとつ、Sora 2が切り開くのはSNS的な機能により映像の共有体験が得られることです。YouTubeの創業者チャド・ハーリー、スティーブ・チェンがYouTubeを作った理由は「動画を手軽に共有したかった」からです。OpenAIはSoraをSNS的なプラットフォームに拡張し、ユーザーがAI映像を生成・投稿・拡散する仕組みを準備しています。OpenAIはAI動画が「個人の創作」から「社会的なコミュニケーション」になるという、その転換期を仕掛けたのです。

Veo 3.1：産業インフラとしての映像生成

対照的に、Google DeepMindのVeo 3.1は、よりビジネス寄りな文脈で映像生成を位置づけています。目新しさが先行した旧Veo 3に比べ「実用」が実感されるバージョンアップとなっています。Veoシリーズは「クリエイター向けツール」ではなく、企業や教育現場などの実務シーンで映像を自動生成するプラットフォームとして設計されていることが伝わってきます。

Veo 3.1はSora同様にテキストや画像から動画を生成しますが、構造はより複数のメディアに対応したマルチモーダルです。映像と同時に音楽・効果音・ナレーションなどを統合生成し、クラウド上で生成します。Googleがこれを「video + audio natively generated」と呼ぶのは、まさに映像と音の同時生成を実現しているからです。

企業向けのVertex AIやGemini APIとも連携し、Canvaなどのツールにもすでに統合されています。たとえば企業が新製品の資料を作るとき、スライドにテキストを入力するだけで、Veo 3.1が自動的にナレーション付きの説明動画を生成します。映像制作が「専門職の仕事」ではなく、ごく一般の働く人にとっての「日常的なメディア生成」へと変わっていくのです。

Googleが目指すのは、映像生成の民主化です。教育、広告、社内研修、eラーニング──あらゆる場面でAIが自動的に映像で説明を補完していきます。つまりGoogle Veo 3.1は、映像生成をコミュニケーションの手段に変えていくことを目論んでいるのだと考えられます。

SoraとVeo、両者のアプローチの違いと共通点

Sora 2とVeo 3.1は、どちらも「言葉からリアルな映像を生む」モデルですが、設計思想が異なります。Sora 2は「創作と感情」を中心に置き、映像を一人ひとりが描くためのツールとして設計されています。
→映像生成を創作行為にするアプローチ

Veo 3.1は「効率と拡張性」を重視し Google Workspaceなどの業務システムや他ツールと協調して動作するよう設計されています。
→映像生成を基礎的ツールにするアプローチ

つまり、Soraは表現を誰もが使えるような民主化、Veoはあらゆる場所で映像制作が行われる環境を推し進めています。
それぞれが異なる方向から、映像を「撮影」ではなく「言葉（プロンプト）による生成」に変えているのです。

映像制作の現場が変わる

AI映像の進化は、映像制作のプロセスそのものを変えます。かつて映像づくりは企画→撮影→編集という直線的な流れでした。しかしAI生成では、すべての工程が反復可能な繰り返し構造になります。

「撮影前に絵コンテを描く」「撮影後に編集する」という順序が消え、プロンプトを少し変えるだけで、構図も照明も演出も何度でも再構成できる。撮影・編集・演出が一体化し、試行錯誤のスピードが飛躍的に高まります。

これは単なる効率化ではなく、創造の手順、創造の発想そのものの変化です。監督は「カメラを向ける人」ではなく「世界を設計する人」となり、編集者は素材を切り貼りする人ではなく「AI出力を監修する判断者」となります。Google Flow による編集の様子はこちらの動画をご覧ください。

映像の信頼が崩れるとき

しかし、この革新は映像の「信頼」という基盤を揺るがします。Sora 2によって生成された著名人の存在しないフェイク映像がSNS上で拡散される例もすでに現れています。これまでのフェイク動画はあからさまに違和感がありましたが、だんだんと生成AIによる動画も、その動作も声も自然で、もはや一般人には本物と区別がつきません。

ニュース、司法、教育の世界で「映像＝証拠」で成り立ってきた社会において、映像が実写ではない生成された世界では、信頼の構造を再設計せざるを得ないのです。

GoogleはすでにSynthIDウォーターマーク（透かし技術）を導入し、AI生成であることを動画に埋め込み識別できるようにしました。OpenAIも作成した動画にSoraの文字を埋め込んでいます。さらにより強固な認証システム検討中とのこと。しかし視聴者が認証の有無を確認しながら映像を見る習慣を持つとは限りません。

結果として、すべての動画が「信じられない」「作られた嘘かもしれない」という感情が映像一般に広がる可能性があります。現在は生成AIで作られたデータにウォーターマークを埋め込む流れで対策が進んでいますが、もしかしたら今後は、カメラで撮影された実写データであることを保証したり、現在リアルタイムで配信されていることを保証するような、信頼を担保するための認証の仕組みが求められているのかもしれません。

Veo 3.1が見せたAIと人間の協奏：TOWA TEI × 椎名林檎「APPLE」MVの舞台裏

メイキング：MV with Gemini｜TOWA TEI × 中村剛 監督

映像生成AIの到達点を、実際の制作現場で示したのが、TOWA TEIと椎名林檎によるミュージックビデオ「APPLE」です。この作品は、GoogleのAI群である、Gemini、Veo 3、Flow、Nano Banana、Whisk を組み合わせて制作されました。Veoが「産業インフラ」から「芸術の現場」にまで広がった象徴的な事例です。

Whisk：モデル、シーン、スタイルごとに自分の好きな画像を入力

監督の中村剛氏はメイキングの中で、制作を「AIと本気で向き合う実験」と語ります。Veo 3を使って何十回も生成と修正を繰り返し、AIが提示する偶然を人間の感性で取捨選択していったそうです。AIの出力は、時に思いがけない美しさを生み、時に違和感の塊を突きつけてくる。その偶然をどう解釈し、どう意味づけるかが、作品を形づくる鍵とのこと。

「AIが出す意図しない瞬間に、思わず笑ってしまうことがある。でもそこに人間が物語を見出せるなら、それはもう作品なんです」（メイキング動画より）

このMVでは、Veoが映像生成の中核を担い、Flowが構成とリズムを補完、Nano BananaとWhiskが補助的なツールとして使われました。それらを束ね、文脈を理解して制御したのがGeminiです。結果として、音楽と映像が呼応する映画的AI映像が完成しました。この多層構造は、Veoが単なる映像ツールではなく、さまざまな素材をもとにしたストーリーテリング生成が可能であることを象徴しています。

このMUSIC VIDEO「APPLE」制作の際、TOWA TEIはAIを「テクノロジーの魔法」と表現しました。生成結果がカプセルトイやゲームのガチャのように予測不可能でも、その偶発性を楽しむ姿勢が重要だと語っています。

「結局、AIをどう遊ぶか次第。テクノロジーと普遍性、その両方を楽しみたい」（メイキング動画より）

動画生成AIによって、映像制作は「対話型」になります。「都市の夜に光が音になるような映像を」と入力すれば、AIが解釈して映像を生成し、「もう少し幻想的に」と言葉を足すだけで再構成が行われる。パラメーターや数値ではなく言葉によって、映像を語りながらAIとの共同作業によって形を変えていくのです。AIは創造を代替するのではなく、創造の余白を拡張する存在として位置付けられました。AIが指示通りに完璧に出力し、人間の不完全さやユーモア、人間がAIの映像をどう解釈するかにかかってきています。

これからの10年：映像が撮影と流通から「生成」へ

現在は10秒前後の動画生成AIの素材シーンを繋ぎ合わせて長尺の映像が作られていますが、2026年頃には、30〜60秒から数分の高解像度動画がリアルタイム生成されるようになると予測されています。SNSでは実写と生成映像が混在し「生成か実写か」を意識しない時代になるでしょう。2030年以降には、教育・広告・医療などでAI動画が標準化し、人が撮る映像は希少な贅沢として再評価されるかもしれません。

Sora 2とVeo 3.1がもたらしたのは、単なる進化ではなく「映像の意味の再定義」でした。目にするすべての映像が、撮影されたものではなく「作られた」ものであるかもしれない時代。これからの私たちは、「映像を信じる」時代から「映像を解釈する」時代に移行します。

すべての動画が信じられなくなった世界。それは同時に、見たい動画、ありとあらゆるすべての動画を生み出せる世界でもあります。性的な動画は制限されていて生成できないのではないかという人も居るかもしれませんが、OpenAIは厳格な年齢認証とともに、性的な動画生成も開放することが予定されています。

海底二万里、八十日間世界一周などで知られるフランスのSF作家ジュール・ヴェルヌは「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉を残しました。まさに私たちはその時代に生きているのだと言えます。

本連載の今後の予定：「CGへの扉」では、単なるAIの話題とは少し異なり、CG/VFX, アートの文脈から話題を切り取り紹介していきます。映像制作の現場におけるAI活用や、AIで価値が高まった先進的なツール、これからの可能性を感じさせるような話題、テクノロジーの話題にご期待ください。なにか取り上げて欲しいテーマやご希望などがございましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

CGへの扉：

Vol.78：プロンプトは短くていい。Nano Banana がもたらす新しい作法

Vol.77：CGの祭典SIGGRAPH2025におけるAIの存在感

Vol.76：出力の一貫性をいかにして保つか？ 生成AI時代の「らしさ」とは

Vol.75：ランキングから読み取る、AI性能競争を把握する

Vol.74：映像制作の未来はここに。Veo 3の進化とFlowが切り開くAI時代の映像制作

Vol.73：生成AIの苦手を克服。世界観を維持し、演出可能なAIの台頭

Vol.72：GDC 2025で巻き起こっているAIへの冷静な評価と未来への展望

Vol.71：Google Labs発、Whiskの追撃

Vol.70：OpenAIの12Daysを振り返り、アルトマンの思想とAI業界の栄枯盛衰を考察する

Vol.69：AIが制作にも研究にも浸透。SIGGRAPH Asia 2024を振り返る

Vol.68：AIの価値はクリエイティブの試行錯誤の回数と速度

Vol.67：AdobeMAX 2024開催。生成AIの近未来「Sneaks」の驚き

Vol.66：偶然に任せない、生成AIにおける演出・調整の可能性

Vol.65：CGの祭典SIGGRAPH2024におけるAI活用の潮流

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Contributor：安藤幸央