自ら改良を重ねるエージェントの到来：月刊エンタメAIニュース vol.65

エンタメにおいても人工知能は日進月歩で発展しており、新しい研究成果や試みが次々と発表されています。こちらの連載では、過去1か月間に公開された注目すべきゲームAIやエンタメAIに関連したニュース、論文などを紹介していきます。

観るたびに内容が変わる映画

ミュージシャンやプロデューサー、ヴィジュアル・アーティストなど、マルチに活躍してきたブライアン・イーノの革新に満ちた人生と創作活動に迫るドキュメンタリー映画『Eno』の日本上映が決定しました。

『Eno』は、ギャリー・ハストウィット監督による長時間のインタビューと、500時間以上におよぶアーカイブ映像をベースに構成されています。特筆すべきは、アーティストのブレンダン・ドーズと共同開発した自動生成システム「Brain One」を導入することで、観るたびに構成や順序が変化する「ジェネラティヴ・ドキュメンタリー」という手法を用いている点です。まるでブライアン・イーノ自身の創作手法を体現するような、唯一無二のドキュメンタリー体験を提供してくれます。

本作は、2024年のサンダンス映画祭にて初公開され、国際的に高い評価を受けました。アジア圏での公開は今回が初めてで、プレミア上映には監督のギャリー・ハストウィットが来日します。また、日本語字幕の監修を務めたピーター・バラカンとのトークショーも実施予定です。イーノの音楽や思想、創造の哲学について深く語る貴重な機会となるでしょう。なお、プレミア上映後は東京や名古屋、大阪の各都市での一般公開も決定しています。

ブライアン・イーノは、アンビエント音楽の先駆者として知られる一方、デヴィッド・ボウイやU2などのアルバムのプロデューサーとしても名を馳せました。また、カードを使った創作メソッドの『オブリーク・ストラテジーズ』や、音楽アプリ『Bloom』などのプロジェクトを通して多くの創造性を発揮してきました。

こうした50年にわたるキャリアを素材に、イーノの音楽とアートへのアプローチと同じくらい革新的な映画体験を創り出すことが、『Eno』を制作した目的だとハストウィット監督はコメントしています。

自ら進化するエージェント

Google DeepMindは5月14日、数学やコンピューターサイエンス分野における高度な課題を解決する進化型コーディングエージェント「AlphaEvolve」を発表しました。

AlphaEvolveは、大規模言語モデル（LLM）によるアルゴリズムの生成と検証を同時に実行することで、出力結果を進化的に改良できるように設計されています。すでにグーグルのデータセンターやAIチップ、LLMのトレーニングプロセスの最適化にも導入されており、実際の運用環境で高い効果を上げているということです。

例えば、データセンターのタスクスケジューリングでは、わずかなアルゴリズムの工夫によって全体の計算資源の0.7%を常時回復することで計算効率の向上に貢献しています。また、次世代のTensor Processing Unit（TPU）設計にも反映されており、ハードウェアレベルでの最適化も実現しています。

さらに、大規模な行列演算の分割手法を改善することで、AIモデルの訓練時間を削減することにも成功しました。通常は人の手を加えにくいGPUにおける低レベルの命令を最適化し、一部のAIカーネルで最大32.5%の処理速度の向上を達成したということです。これにより、開発効率の大幅な改善とエネルギーコストの削減が見込まれます。

このほか、AlphaEvolveは数学分野でも大きな成果を上げています。従来の最適解を超える行列積アルゴリズムを発見したほか、解析学や数論などの分野で50件以上の未解決問題に取り組み、そのうち20%で既知の最良解を更新しました。接吻数問題（n次元の単位球の周りに単位球を重ならず触れ合うように並べるとき、最大何個の単位球を並べられるかという問題）では、新たな球配置により11次元での下限値を引き上げたということです。

今後は材料工学や新薬開発など、幅広い領域での応用が期待されます。

論文：AlphaEvolve: A coding agent for scientific and algorithmic discovery

AIに時間の概念を与える

Sakana AIは5月12日、生物の脳機能に着想を得た新たなAIモデル「Continuous Thought Machine（CTM）」を発表しました。

CTMは、AIに時間的な情報処理能力を取り入れた革新的なモデルです。「考えるプロセス」を段階的に経ることで、より人間らしい推論を実現しています。AIモデルにおける「時間」の役割に注目することで、生物学的な神経回路のダイナミクスを模倣しながら新たな知能のパラダイムを模索するという取り組みです。

最大の特徴は、ニューロン活動の「タイミング」と「同期」を学習プロセスに組み込んでいる点です。これによりモデルは入力に応じて思考のステップ数を柔軟に変化させることができ、複雑な問題に対しても段階的に思考しながら解を導けるようになります。従来のAIが一度の推論で解答を出していたのに対し、CTMは複数の思考プロセスを経て結論に至ることから、推論過程の可視化や解釈がしやすいという利点があります。これは迷路探索や画像認識などのタスクにおいて、人間に近い思考様式を示す要因にもなっています。

実際の応用例では、CTMは2次元の迷路を段階的に探索しながらゴールへ到達するなど、自律的な問題解決能力を示しています。また、大規模な画像データセットであるImageNetを用いた画像分類タスクでは、視覚的に意味のある部分へと注意を移動させながら高精度で判断できています。これらの振る舞いは設計により意図されたものではなく、CTMが時間情報を通じて自ら学習し、創発的に獲得した能力だということです。これにより従来のAIモデルよりも多様で生物に近い挙動を実現しています。

Sakana AIによると、現代のAIは神経回路を模倣しつつも、生物学の知見との接点が限られているのが現状です。そのギャップを埋める一歩として、CTMは実用的なAIモデルの性能と、神経科学的なリアリティーの両立を実現する可能性を示したということです。今後もCTMの進化を通じてAIの新たな能力を探索するとともに、AIがより柔軟で直感的な推論を実行できる未来を切り拓いていくとしています。

スマホで動作する音楽生成AI

Stability AIは5月14日、Armと共同開発した音楽生成モデル「Stable Audio Open Small」を発表しました。

Stable Audio Open Smallは、テキストから音楽を生成できる軽量なAIモデルです。従来モデルと比較してコンパクトかつ効率的であることから、モバイル環境での展開に適しています。パラメータ数は約3.4億で、Arm製CPU上で完全に動作するように最適化されています。これにより、スマートフォン上でも最大11秒の音楽を約8秒で生成できる高速性を実現しました。

音楽生成AI「Stable Audio Open」の小型版でありながら、音質やプロンプトへの忠実度を維持している点が特徴です。ArmのKleidiAIライブラリを活用することで、エッジ環境でも高速かつ省電力で動作するように設計されています。モデルの処理はすべてCPU上で完結することから、専用のGPUや高性能な計算資源を必要とせず、より広範な利用が可能です。

なかでも、短い音声サンプルやサウンドエフェクトの生成に最適化されています。具体的には、ドラムループや環境音、楽器のリフといった要素を、テキストプロンプトから生成する用途を想定しているということです。

リアルタイムでの応答が求められるスマートフォンやエッジデバイスには、高速かつ軽量なAIモデルの設計が必要不可欠です。今後、AIを使った創作ツールのエッジ展開が進むなかで、用途に応じたモデルサイズの選択が重要度を増していくでしょう。

Writer：Ritsuko Kawai