有名声優たちも声を上げた。生成音声をめぐる法的問題の日本と世界の動向まとめ

生成AIは、任意の人物の声を高精度に再現できる技術レベルに達しています。この技術の影響をもっとも受ける職業は、声優です。生成音声を活用すれば声優の仕事を効率化できる一方で、使い方によってはその仕事を奪いかねません。本稿では生成音声に対する日本の声優の活動と生成音声をめぐる法解釈を確認したうえで、この問題に関する海外の動向も紹介します。

3項目から成る生成音声の適正利用

2024年11月13日、日本俳優連合（日俳連）、日本芸能マネージメント事業者協会、日本声優事業社協議会は文部科学省会見室で共同記者会見を開き、生成AIの適正な使用を求める主張を発表しました。この発表の背景には、声優の声を無断で学習させたAIを活用した動画や音源がインターネットに氾濫しつつあることが指摘できます。

3団体が求める生成AIの適正利用とは、以下のような3項目に集約できます。

1. 生成AI音声を、アニメーション及び外国映画等の吹替では使用しないことを求める
2. 生成AI音声を学習・利用する際は、本人の許諾を得ることを求める
3. 生成AI音声には、AIによる生成物であることの明記を求める

日俳連は以上の会見以前から生成音声に対する活動を行っており、それらは同組織公式サイトの「生成AI技術に関する活動まとめ」から閲覧できます。2024年10月27日に開票のあった衆議院選挙に合わせて、10月23日には生成AIの法的扱いに関して各政党に公開質問状を送付していました。各政党の回答は、こちらのページから確認できます。

以上の会見に先立つ2024年10月15日には、声優有志が出演した動画『NOMORE無断生成AI【第0弾】』がYouTubeで公開されました。この動画は2024年11月時点で第4弾まで公開されており、合成音声の違法利用に対する声優の危機感を伝えています。

前述の3団体共同記者会見を報じた日テレNEWS記事では、合成音声の適切な活用事例についても言及しています。そうした事例には「進撃の巨人」のエレン・イェーガー役などを演じた梶裕貴さんが公認した生成音声アプリの開発や、喉にできたがんの手術により声帯を失った北川充生さんの声をよみがえらせた、合成音声モバイルアプリがあります。後者の事例は、各種合成音声サービスを開発するCoeFontが無償で提供することで実現しました。

声の権利を守るのは”パブリシティ権”

人間の声を生成AIに活用する場合についての法解釈は、経済産業省が2024年7月5日に発表したコンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブックで解説されています。このガイドブックは、ゲームやアニメの制作のような具体的なコンテキストを想定したうえで、生成AIをめぐる法的問題とその対策がまとめられています。

人間の声を生成AIに活用する事例については、同ガイドブック50ページの「④人の声の利用」で解説されています。具体的には「人の音声データを生成する音声生成AIを利用して、ある著名人の音声データを生成し、キャラクターボイスに利用する」場合が想定されています。

人の音声を生成AIで利用する場合、留意すべきなのは適用される権利です。人の音声には、著作権ではなくパブリシティ権が認められます。この権利を簡単に説明すれば、ある特定の人物の音声であることによって商業的価値が生じる場合に認められる権利です。有名声優の声にはパブリシティ権が認められますが、ネームバリューがない一般人の音声や、特定の人物の声を学習データに活用していない純粋な合成音声にはこの権利が生じないと考えられます。

前述した「ある著名人の音声データを生成」する想定事例の場合、著名人の声自体に商業的価値があるのでパブリシティ権が認められます。それゆえ、この著名人に断りなく音声データを活用すると、パブリシティ権侵害になる可能性があります。この事例の対策には、以下のような3項目が挙げられます。

• そもそもパブリシティ権侵害の可能性のある音声データの利用を避ける
• パブリシティ権がある著名人から事前に利用許可を得る
• パブリシティ権が生じないように、著名人の声と特定されないように音声データを再作成する

なお、前出のガイドブックでは「人物の肖像データを生成する画像生成AIを利用して、ある人物の肖像データを生成し、広告素材として利用する」事例についても解説されています。この場合ではパブリシティ権に加えて、肖像権を侵害する可能性が生じます。この場合も特定の人物と特定できる肖像データをそもそも使わないか、肖像権を有する人物に使用許諾を得るなどの対策が必要となります。

ダース・ベイダーを演じた俳優は生成音声の使用を認めた

海外の生成音声をめぐる法解釈については、データをめぐる人権について取り組む団体IAPP（International Association of Privacy Professionals）が2923年12月6日公開のブログ記事でまとめています。この記事によれば、アメリカにおいても人の音声データはパブリシティ権によって保護されます。もっとも、この権利の適用範囲は州によって異なります。同記事では、イギリスやEUの法解釈にも言及しています。

アメリカでは、俳優自らが生成音声の使用を認めた先駆的事例があります。アメリカ大手メディアCBSは2024年9月11日、映画『スター・ウォーズ』シリーズで不気味な呼吸音で有名なダース・ベイダーを演じていたジェイムズ・アール・ジョーンズ（James Earl Jones）が生成音声の使用に同意していたことを報じました。

2024年9月に死去した同氏は2022年にこの役の声優を引退すると同時に、AIが同氏の声を再現することに同意していました。そして、2022年に動画配信サービスDisney+で配信された『オビ=ワン・ケノービ』では実際の同氏の生成音声が使われました。この音声は、ウクライナに本社を置くAIスタートアップRespeecherが制作しました。

ゲーム開発者向けメディアGame Developerは2024年5月15日、ゲームにおける生成音声事例に関する記事を公開しました。この記事で紹介しているのは、ゲームスタジオParadox Development Studioが開発したストラテジー「Stellaris: The Machine Age」における事例です。このゲームでは音声生成AIを開発するために声優と契約したのですが、ゲーム内におけるこのAIを活用したすべてのセリフについて声優に使用料を支払うという契約を交わしていました。こうした取り決めがあれば、声優とゲームスタジオ双方が生成AIから利益を得られます。

中国は、人の声に関する権利について日本やアメリカとは異なる法解釈を行っています。産経新聞が2024年5月2日に報じたところによると、文章読み上げソフトに自身の声を模した生成音声が無断に使われていたとして、女性ナレーターが同ソフトの関連5社を訴えたところ、北京市裁判所は人格権の侵害を認定して、一部企業に25万元（約530万円）の支払いを命じました。商業的価値に左右されない人格権の侵害を認めた点において、中国は声の権利に関して日本やアメリカより厳格な法解釈を行っていると言えるかもしれません。

生成音声をめぐる問題の解決には、生成音声の学習データとなった声の権利者と、生成音声の使用者の双方が利益を得られるような法制度を整備していくのが理想的でしょう。こうした理想的な法環境を構築していくためには、不正に生成された音声を検出する技術の開発と普及を同時に進めていくことが不可欠となるでしょう。

Writer：吉本幸記、Image by Jason Rosewell