【CEDEC2024】漫画制作における生成AI活用の現状とその未来について語る：小沢高広氏基調講演

日本最大のゲーム開発者向け技術カンファレンスCEDEC2024が、2024年8月21日から23日までパシフィコ横浜ノースで開催されました。23日には基調講演として漫画家の小沢高広氏が登壇した「漫画制作における生成AI活用の現状 2024夏」が行われました。本稿ではこの講演を要約することで、漫画制作における生成AI活用の現状とその未来について明らかにしていきます。

漫画制作工程における生成AIの活用箇所

ゲーム業界を舞台とした『東京トイボックス』や最新作『南緯六◯度線の約束』でストーリー制作を担当する小沢氏は、自身の業績やマンガ業界の現状を話した後、漫画制作の工程について説明しました。

一般に漫画制作においては、以下のような3工程を実行します。

1. アイデア：漫画で描くテーマやストーリーを案出するフェーズ。世界観やキャラクターを決定する。
2. ネーム：ストーリーを漫画のコマに落としこむフェーズ。言わば”漫画の設計図”を制作する。
3. 作画：ネームから完成原稿を制作するフェーズ。ネームに黒ベタや効果を描き加える。

近年の漫画制作ではデジタル環境で行われることが多く、代表的な作業環境としてCELSYS社のCLIP STUDIO PAINTがあります。

生成AIは、アイデアと作画の工程で活用されます。その活用方法は、後述するように漫画家の作業を効率化あるいは補完するというものです。

漫画制作における生成AI活用の4つの具体例

続いて小沢氏は、自身の漫画制作における生成AI活用の具体例を解説しました。こうした解説の前提として、同氏は生成AIが時として事実に反することを回答するハルシネーションに言及しました。生成AIの重大な欠点として認識されているこの特徴は、事実にもとづくことが不可欠ではない創作には大いに活用できると同氏は考えています。

漫画制作における生成AI活用の具体例のひとつめは、アイデア案出の補助ツールに使うことです。小沢氏は漫画の設定を考える時に、生成AIを使っています。例えば、AIにSFの設定監修という役割を与えたうえで、ドラゴンが火傷せずに火を吐く理由を考えてもらうのです。

小学館ビッコミにて連載中の作品『南緯六◯度線の約束』（単行本1巻2024年9月11日発売）では、北海道がソビエト連邦に占領されているという設定なので、本州と北海道のあいだの通信は特殊なシチュエーションとして描く必要がありました。こうした描写におけるリアリティを追求するために、小沢氏は生成AIを使って太平洋戦争後にアメリカに占領された沖縄の通信事情を調べました。この調査により、外信許可証という設定を思いつきました。

ふたつめの具体例は、生成AIに壁打ちの相手になってもらうことです。小沢氏は、新連載する漫画の3話までのストーリーを考えるために、新連載用フレームワークというカスタマイズした生成AIを活用しています。このAIには、漫画の大まかな世界観や設定を入力すると、入力内容を詳細に具体化するようにうながす質問を返す役割を設定しています。同様の対話は人間の編集者とも可能ですが、人間が相手だとスケジュール調整が必要であったり、対話するうちに疲れてしまったりするという難点があります。AIが相手だと、こうした難点を気にせずに対話できます。

以下のスライドの青字以外の部分が、新連載用フレームワークの設定です。

小沢氏は実験的な試みとして、『南緯六◯度線の約束』のキャラクターやストーリーの設定すべてを学習した生成AIの活用を進めています。このAIに対して同漫画の情報を追加入力し続ける予定であり、将来的には同漫画の質問に何でも回答できるAIに成長すると期待できます。

みっつめは、画像生成AIを使ってキャラクターデザイン案を量産することです。初期の画像生成AIは白人ばかりを出力したり、名画に描かれた顔の模倣に終始する「マスピ顔」を出力したりする限界がありました。しかし、最近の画像生成AIはこうした限界をある程度克服した結果、実際の創作の補助に使えるようになりました。

『南緯六◯度線の約束』の主要キャラクター原案は、Midjourney 4で出力したものを活用しました。実際の漫画に登場するキャラクターは原案をさらに加工しているので、著作権侵害において問われる類似性は認められないと考えられます。

キャラクターデザインの量産のメリットは多くのなかから選択できることに加えて、量産されたデザイン以外のアイデアを思いつくことがあります。小沢氏は後者を「脳みそのひっぱたき」と呼んでおり、現状の画像生成AIでは漫画制作に手を加えずに採用できる出力があまりないので、このメリットを重視しています。

よっつめが背景制作の補助に使うことです。この具体例が有用である背景として、小沢氏は自作の『ブラガール』の1ページを参照しながら、漫画家自身が描いているのは原稿の50%を超えることはないことを指摘します。この指摘から漫画家が描いていない50%は、現状の作業フローのままでも画像生成AIによって補完できる余地があることがわかります。

画像生成AIの出力品質は日進月歩しているものも、その出力を加工なしに漫画に使うのは難しいのが現状です。使えない理由にはアングルのコントロールがあいまいだったり、破綻がバレやすかったりすることがあります。こうした欠点は、線画をあまり学習していないことに起因すると推測されます。

『南緯六◯度線の約束』では、画像生成AIの出力を人間のスタッフがトレスしたうえで、漫画で違和感なく使えるように加工・修正して使いました。加工・修正のポイントは、意味不明な文字を置き換えたり、時代設定を調整したりすることでした。

画像生成AIによる制作テクニックとして、小沢氏は3Dアプリで建物の骨格を生成した後に、Adobe Fireflyで描画する技法を紹介しました。さらに写真から線画を抽出するSketch Edgeを使ってから、さらにCopainterを使って線を明瞭にするテクニックも話しました。

以上のように背景制作に画像生成AIを活用するメリットとして、小沢氏は以下のスライドにまとめた項目を挙げました。

これから生成AIにして欲しいこととは

小沢氏は、今後AIにして欲しいことについても話しました。そうした未来の活用法として、リアルタイム画像生成があります。この活用法は、ネームのようなラフスケッチを描くたびに、AIによってリアルタイムで作画を生成するというものです。技術的には、すでにペイントソフトKritaの拡張機能krita-ai-diffusionである程度は実現しています。この技術は漫画家の絵柄を学習するLoRAにも対応しているので、漫画家の絵柄を学習して作風の再現も可能です。それゆえ、漫画制作の工程を大幅に短縮できるポテンシャルを持っています。

しかしながら、現状のリアルタイム画像生成の技術水準では生成画像に手直しする必要があるうえに、人によっては”漫画を描く”という行為から得られる創作の悦びを漫画家から奪ってしまい、漫画家のモチベーションが下がってしまうという懸念があります。こうした懸念に対して、生成AIは漫画家のやりたくない作業を補助・代替すべきであって、やりたい作業はあくまで漫画家自身が行うべき、と小沢氏は力説しました。

小沢氏が挙げた今後の生成AIの展望として、日本式漫画制作にチューニングされた画像生成AIの発展があります。英語圏文化から誕生した画像生成AIは、当初はこうした文化圏で主流であったカラーコミック調の画像生成に向いていました。もっとも現在ではモノクロを基調とする日本式漫画にも対応したツールとして、ANIMAGINE XLやFlux.1 AIがあります。

生成AIは漫画家から仕事を奪うのか？

小沢氏は、「生成AIは漫画家から仕事を奪うのか？」という漫画家であれば避けて通れない問いかけについても、自身の見解を話しました。同氏は、はじめにこの問題をめぐる最近の動向を紹介しました。例えば創作コミュニティサービスを提供するPixivは2023年5月、クリエイターの活動を保護することを明言したうえで、画像生成AIとの共存を図る声明を発表しています。イラストレーションアプリProcreateは、生成AIを実装しないことを発表しました。

CLIP STUDIO PAINTを提供するCELSYSはAI技術開発に強いAxellと提携したうえで、塗り残し削除や線画抽出のようなクリエイターを支援するAI技術を提供することを発表しています。

以上のような動向と現状のAI技術を鑑みて、小沢氏は短・中期的には生成AIは漫画家から仕事を奪わないと考えています。もっとも、AIが急速に進化している現実を加味すると、長期的にはわからない、つまりはAIが仕事を奪う可能性が否定できない、とも語りました。

画像生成AIによる漫画家の失業が懸念される一方で、この技術による新たな漫画制作の潮流が生まれています。そうした事例には、Rootport氏が発表した『サイバーパンク桃太郎』、AI漫画の可能性を探求する野火 城氏、AIマンガ家のヒツジ氏が挙げられます。

小沢氏は、漫画文化における生成AIが及ぼすポジティブな影響にも言及しました。具体的には、すでに活動中の漫画家については漫画制作が効率化し、これから漫画を制作したい入門者については生成AIが制作に寄り添うことで技術的敷居を下げてくれることが期待できます。そして、こうした好影響は日本的漫画文化の多様性を広げると考えられます。

生成AI活用における法整備は日進月歩

小沢氏は、生成AIをめぐる法整備についても話しました。生成AI活用をめぐる法制度は、一般に生成AI開発時における学習段階と、テキストや画像を出力する生成段階に分けられます。学習段階においては著作権法30条の4において、原則的に著作物の活用が認められています。生成段階では既存の著作権侵害要件が適用され、「類似性」と「依拠性」が認められると著作権侵害となります。生成AIに関して法的判断を難しいのは、意図せず既存著作物に類似した出力が生成された場合です。

以上のような判断が難しいケースは、例えばIT企業のロゴデザインを生成させた場合に生じることがあります。この場合、「Apple」のような実在の企業名をプロンプトにふくめていなくても、同社のロゴに酷似したものが出力されてしまうことがあるのです。

生成AIによる著作権侵害を回避するために、小沢氏は出力結果に既存著作物の類似物がふくまれているかどうかのチェックと、意図して既存著作物の類似物を出力していないことを証明する生成環境の保存を実施しています。

生成AIをめぐる法整備に関して2024年1月に文化庁は関係各所に意見を募集し、この募集に対して日本漫画家協会はパブリックコメントを提出しました。こうした意見を集約したうえで文化庁は2024年8月に「AIと著作権Ⅱ」、経済産業省は同年7月に「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」をそれぞれ公開しました。とくに後者はコンテンツ制作における生成AI活用を想定したうえで、具体的な法的リスクとその対策をまとめているので、実務で活かせる内容となっています。

“効率化の波”が避けられないなか、漫画家の心得とは？

最後に小沢氏は、生成AIによる業務効率化について漫画制作の歴史を回顧しながら、その意義を語りました。漫画制作の歴史において今では当たり前となっているコピー機や3DCGは、登場した当初は「ズルい」技術として非難されていました。

創作活動と創作技術の関係を考察するにあたり、同氏は自身の作品『おもたせしました。』で描いた安部公房の逸話に言及しました。安部はワープロを執筆に使った最初の小説家のひとりとして知られていますが、当時はワープロによって執筆した小説には「魂がこもっていない」と非難されました。こうした非難に対して、安部は万年筆によって宿った「魂」など軽薄なもの、と一蹴しました。

以上の逸話の真意は、既存の創作技術を絶対視・神聖視することの愚かさと言えるでしょう。実のところ、万年筆も創作技術のひとつに過ぎません。万年筆が登場した時も、毛筆に比べたら「魂」がこもっていないものと非難されていたかもしれません。万年筆をふくめたあらゆる創作技術は登場当初は非難されるものも、その実用性が認められると、”当たり前の”技術として認知される歴史を繰り返しているのです。そして生成AIも、創作技術をめぐる”軋轢と受容”の歴史を歩む可能性が高いと予想されます。

以上の考察をふまえて、小沢氏は生成AI時代においても変わらない漫画家の姿勢について話しました。生成AIがどのようなものを出力したとしても、その出力の良し悪しを判断したうえで自分の創作物の一部に組み込むかどうかを選択するのは、人間である漫画家です。そして、選択には責任が伴うものです。漫画制作のコンテキストで言えば、生成AIの出力を組み込んだ漫画に対する評価や法的責任は、漫画家に対して向けられます。こうした漫画制作をめぐる選択と責任は、創作技術が変遷しても変わらないのです。

小沢氏が基調講演で話した内容と生成AIの現状にもとづけば、漫画制作における生成AI活用は不可避と言えるかもしれません。実際に漫画制作に生成AIを使うか否かは漫画家の選択に委ねられていますが、この技術はコピー機や3DCGのように”当たり前の”技術のなる可能性が高いでしょう。そして、今後は盗作をはじめとする生成AIの悪用を検出して法的に対処する技術と法整備がよりいっそう重要になると筆者は考えます。

Writer：吉本幸記