Midjourney情報拡散事件から見る画像生成AI著作権問題の最新事情

2024.1.29アート

2022年に起こった画像生成モデルの台頭は、絵心がない人でもテキスト入力だけで高品質な画像を制作できるようにする「デジタル画像革命」を引き起こしました。こうしたポジティブな影響がある一方で、既存の画像制作アーティストの著作権が脅かされるネガティブな影響も生じました。そして最近、こうした懸念が顕在化した事件が起こりました。本稿ではMidjourney情報拡散事件をまとめたうえで、画像生成AIと著作権問題に関する最新事情を伝えます。

1万6,000人のアーティスト名が判明

アート系ニュース専門メディアARTnews JAPANは2024年1月5日、人気のある画像生成モデルであるMidjourneyが訓練に用いた画像のアーティスト名を記載したリストがXと分散型SNSのBlueskyで拡散したことを報じました。問題のリストを拡散したのはRiot Gamesのシニア・ストーリーボード・アーティストであるジョン・ラム（Jon Lam）氏で、同氏のXポストには25ページにおよぶリストのスクロール画像に加えて、Midjourneyの開発者がこのリストを学習データ制作に活用したことの証拠となるチャット画像も添付されていました。

拡散したリストには1万6,000人のアーティスト名が記載されており、そのなかにはアンディ・ウォーホル、草間彌生、フリーダ・カーロといった近現代の著名なアーティストが名を連ねています。トレーディングカードゲームの『マジック・ザ・ギャザリング』にアートワークを提供したフィル・フォグリオもリストアップされていました。ちなみに、先述のMidjourney開発者のチャット画像を見ると、「アーティスト名はwikipediaとマジック・ザ・ギャザリングから集めました」というチャットを見つけられます。このチャットは拡散したリストの内容と合致しているので、信憑性が高い証拠と言えるでしょう。

以上のアーティスト名リストは、Stable Diffusion開発元のStability AI、DeviantArt、そしてMidjourneyを訴えた訴訟の資料として提出されたものでした。この訴訟の経過は、原告となったアーティストたちが立ち上げた「Stable Diffusion訴訟」と題されたウェブページにまとめられています。

2023年1月13日、イラストレーターのサラ・アンダーセン（Sarah Andersen）氏ら3名のアーティストは、前述の訴訟に関する訴状を提出しました。同年10月31日、裁判所は原告に対して修正訴状を提出するように命じました。そして、11月29日に提出された修正訴状に添付された資料「別紙J – Midjourney・ネーム・リスト」が今回拡散したアーティスト名リストというわけでした。このようにMidjourneyをはじめとする画像生成AI開発企業を訴えたアメリカの訴訟は現在進行中であり、その判決は今後の画像生成文化に大きな影響を与えると予想されます。

アーティストの画像を保護する技術の発明

画像生成AIの学習データにふくまれるアート作品の著作権をめぐる問題は、アメリカのみならず日本でもまだ確定的な法的解釈が定まっていません。それゆえ、アーティストは自身の作品がAIに学習される潜在的なリスクを抱えているのが現状です。こうしたなか、アーティストの作品をAIに学習されないようにする言わば自衛的な技術が発明されています。

シカゴ大学の研究チームが公開しているGlazeは、任意の画像に人間には認識できないがAIには劇的な変化として認識される変化を加えるツールです。このツールを使えば、画像が本来の内容でAIによって学習されなくなります。人間には認識できない変化なので、このツールを使った後でも画像をインターネットで問題なく公開できます。

同ツールが公開された2023年3月時点では、GPUを搭載したハイスペックなローカルPCで使用することが前提とされていました。しかし、そのようなPCを所有しているアーティストがあまりいないことがわかったので、同年8月にはWebサービスとして利用できるWebGlazeが公開されました。このサービスの運営費はシカゴ大学の研究助成金で賄われているので、無料で利用できます。

2024年1月18日には、Glazeの姉妹ツールにあたるNightShadeが公開されました。このツールは、任意の画像に「AIに効く毒」を混入するというものです。具体的には人間には認識できないが、AIが学習すると誤作動を起こしてしまう視覚情報を任意の画像に混入するのです。こうしたAIにとって有害な情報を学習すると、例えば「宇宙空間を飛ぶ牛」というテキストを入力すると、宇宙空間に浮かぶハンドバッグの画像を出力するようになります。それゆえ、GlazeがAIから画像を防御するツールであるのに対して、NightShadeはAIを攻撃するツールだと言えます。シカゴ大学研究チームは、近日中にWebGlazeとNightShadeを一括して実行できるアドオンを公開する予定です。

AIスタートアップのSpawningは、任意の画像が画像生成AIの学習データにふくまれているかどうかをチェックするサービス「Have I Been Trained?」を公開しています。このサービスは、画像のタイトルや画像自体を検索ボックスに入力することで利用できます。このサービスによって画像が学習データにふくまれていることがわかっても、学習データから当該画像を削除できません。ただし、同社提供の「Do Not Train Registry」に画像を登録すると、以後は学習データとして利用されなくなります。

日本では「著作権法第30条の4」の解釈が問題に

日本における学習データと著作物の関係は、現時点では著作権法第30条の4にその法的根拠を求められます。同法の当該箇所によれば、著作物の利用は「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に限り、利用可能とされています。もっとも同法当該箇所にはさまざまな付帯項目があり、AI利活用における解釈をめぐって、文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会が議論を続けています。

参考記事：【CEDEC2023】生成AIモデル利活用時の法的リスクを総点検

2024年1月15日に開催された同委員会6回目では「AIと著作権に関する考え方について（素案）」が共有されました。この素案では、著作物の利用が許可されない「非享受目的と享受目的が併存する場合」について、AI利活用の観点から検討しています。例えば、何らかの著作物の創作的表現を出力させることを目的として、著作物の複製等をAIに学習させる場合、享受目的がふくまれるので違法な著作物利用と見なされます。また、著作物の創作的表現の一部あるいは全部を出力させることを目的として、RAG（Retrieval-augmented Generation：検索拡張生成）を実装するのも、享受目的が併存する事例と考えられます。

2023年12月20日に開催された同委員会5回目では、生成AIと知的財産権の関係を通覧できる「論点整理―これまでの議論の振り返り―（案）」が共有されました。この資料で挙げられた論点のひとつとして、AIの学習をめぐる収益還元の在り方がありました。具体的には、新聞社のような相当数のデータを保有する権利者が有償で学習データを提供する場合や、クリエイター自身が自作で訓練した生成AIを有償提供する場合などが想定されています。

以上のような同委員会の活動報告は、2024年3月に予定されています。

生成AIと著作権をめぐる問題は、生成AI開発者と著作権保有者が対立する構図において考えられがちです。こうした対立関係は事実として存在していますが、今後の法整備においてあまりに対立関係を強調し過ぎてしまうと、当事者のどちらか一方が著しく不利になる可能性があります。それゆえ、法整備を進めるにあたっては生成AI開発者と著作権保有者の双方が受益できるようなwin-winの内容を目指すことが望ましいでしょう。

Writer：吉本幸記、Image by ShutterStock