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まだ見ぬAIのビジョンを描くSFの力:さかき漣氏×森川幸人氏 対談

2019.6.11アート

まだ見ぬAIのビジョンを描くSFの力:さかき漣氏×森川幸人氏 対談

モリカトロンAIラボの所長、森川幸人がホストとなり、さまざまなゲストの方からエンターテインメントとAIの最新情報についてお話を伺うモリカトロンAIラボインタビュー。今回お招きしたのはSF作家、さかき漣さんです。先月から本サイト内で、さかきさんの新作『薄明のバルド』の連載が始まりました。本稿では、作品に込められたAIや知性、文化に対するさかきさんの考えをお届けします。

理性の極致であるAIと不条理な原始の熱が出会うとき

——『薄明のバルド』では、AIやアンドロイド、バイオテクノロジーが登場する世界設定のなか、19世紀のイギリスで流行した神秘主義や錬金術、ケルト神話、UKロックといった要素も登場します。一見バラバラに思える要素がさかきさんの作品の中で見事に調和し、魅力的な世界を作り出しているように思いました。

さかき漣(以下、さかき): AIが作品のモチーフのメインではあるのですが、昔の文化や伝承を第二のモチーフに、「人間の原始的な欲求と最新のテクノロジーがどう響き合うのか」ということを描きたいと思いました。現状としてAI研究者の大多数は、プログラムとして最高のものを目指して研究開発を進めています。つまり理性の極致としてのAIを目指していると思うんです。

しかし私はそれが実現したとしても、人間の原始的な情動や脈々と紡いできた文化が価値を持っていると信じたいし、古いものにも意味は残り続けるということを訴えたいのです。これは、テクノロジーの良さと同時にテクノロジーの怖さを経験するたびに思ってきたことでした。ですから私はAIをテーマにした小説を通して、理性とは対極にある土着的なもの、泥くさいもの、原始の熱といったものの価値が高くなっていく姿を描けたらいいなと考えています。

森川幸人(以下、森川):そういう意味では、『エクサスケールの少女』の次のシリーズになる感じですね。

さかき:そうですね。『エクサスケールの少女』を執筆しているときは色々な事情があって、自分の表現したいものを100%書くことができませんでした。今回は、原始の熱と未来のテクノロジーが相反するものではなく、アウフヘーベンできるものとして描けたらと思います。その両者をミックスしたものを表現することに関しては、私には何らかの役目があると感じるんです。

森川:さかきさんは作家さんには珍しいジェネラリストだから、とてもアドバンテージがあると思います。

さかき:おそらく今のAI研究者が考えている未来の夢というのは、理性の極地としてのAI、もしくは人間と同じ感情を持つAGIの2つだと思います。どちらにしても、彼らがゴールにしているAIは、私が作品を通して描こうとしている原始の熱や歪なものと逆の存在です。それだけを100%素晴らしいものとしてしまうと、それこそ私という存在も要いらなくなってしまいます。いびつだから。

でもそうではないことを訴えたい。私は差別など生まれた瞬間からいろいろな格差があることが悲しいと常々考えてきました。人種差別、血の差別、民族の差別、言語の差別、それから家庭環境、経済状況による色々な差によって人生の重要な部分が決まってしまうのは、すごく悲しいことだと思っています。

三宅陽一郎さんも日頃からおっしゃっているように、AIについて考えることは人間について考えることとイコールです。人類が長い歴史を通して、ずっと人間の知性について考えてきたけれども答えが出なかったのはなぜか。例えば古の哲学者は、今のように科学が発展していなかった時代に、言葉のレトリックによって宇宙や人間のことを考えたり解明したりしようとしました。しかし、そのアプローチにはデータが根本的に抜けているがゆえに、不完全で精度の粗いものになってしまいました。

とはいえ、彼らの功績には意味がありましたよね。AIの研究が第三次AIブームを迎えた今、ようやく知性とは何かという問題について、哲学的なアプローチと科学的なアプローチという2つの流れが合流しました。それが第三次AIブームの素晴らしいところだと私は思っています。

知性とは、ひとつに固定されず流動しつづけるものである

森川:特に今はロボティクスも発展したことで、AIがようやく身体を持てる段階にきているので、今までのAIとは違う方向性が見えてくるはずです。

さかき:身体性に関しても非常に興味があります。今回の小説の第一回 “Tender”でも、主人公の翠が機械人形のオートマタがたくさんいる館に入った時、狼狽しつつもそれを隠します。この場面は、翠には機械人間に対して何らかの思いがあることを示唆しているんです。

AI研究に携わっている人やAIに興味があって勉強をしている方は、身体性の重要性について理解していると思いますが、そうではない一般の方の多くはAIをただの優秀なプログラムと思っています。でも、本来はそうではない。私は知性というものはひとつに固定されたものでなく、異なる種類の要素がつながりあって流動し続けるものだと考えています。つまり、体中に網羅された神経、脳神経、それから経験や過去の記憶、脳の働きといったものが全部つながって、常に流動し続けているものだと思います。

ロボティクスに限らず、クローン技術が普及したり、また将来的にDNAの情報さえあれば同じ人間を作れてしまう時代が来たとき、そこに宿る知性はどうなるのかという問題が生じます。そういった生物工学の視点による身体性のアプローチも、おそらく重要になっていくと思うんです。

森川:これからだと思うんです。人間に限らず生物は、身体があって初めて自分以外の世界との距離感や存在を感じます。自分が環世界の中に包まれている感覚を持つためには身体が不可欠で、脳とセンサーだけではどうにもならない。痛いとか硬いといった感覚を知性が持たない限り、人工知能も次のステップに行くことができません。今ようやく、そのような環境が整ってきています。

コンピュータの性能の面でもちょうど今解決に向かっています。特に量子コンピュータが実用化されると飛躍的に計算できる量が増えるので、AIの開発も次の段階に進むことができます。そうなると、命や感情がどういうものかということをAIが理解するようになるかもしれないですよね。

さかき:知性に関してさらに言うと、生物種や存在によって異なる知性があるはずだとも思います。さまざまな動物や魚、昆虫などによって、それぞれ違う形の知性が存在していて、人間はそのなかで一形態の知性を持っているにすぎない。今のAI研究が、人間の脳を計算手法で表そうとしていることは、ごく一部の限定された範囲の知性を表そうとしていることなので、それを知性のすべてと決めつけるのは、おかしなことだと感じます。

森川:今のAI研究は西洋の科学思想から始まったジャンルだからで、それは西洋人が抱えている一番の弱点でもあると思います。神の次に人間があって、その下にその他のものが存在するというヒエラルキーに基づく考え方を人工知能の研究でそのまま行っていますから。

さかき:だから私は今回の小説では多神教であるケルト神話をモチーフのひとつに選びました。西洋文化はキリスト教に基づく考えが根強いので、人間と神との関係が重要視されることも多いです。そこに異質な知性が入ってくることに躊躇するわけですよね。でも、ケルトや日本もふくめたさまざまな民族が持っている土着的な思想の多くは、多神教やアニミズムに近いものです。それは頂点に神を置くのではなく、神もふくめたすべての事物の関係性がモザイクのようにできている世界だと感じます。その中でAIをとらえることで、今後第4次、第5次のAIブームが来たときに、AIの研究はもっと上のフェーズにいけるんだと思います。

——三宅陽一郎さんは『人工知能のための哲学塾 東洋哲学編』で、今主流とされている西洋哲学の延長にあるAIのカウンターとして東洋思想を位置づけていました。さかきさんの今回の作品は、キリスト教以前のヨーロッパにあった多神教の世界観がベースにあるので、その物語の中でAIのあり方を示すことは、すごくチャレンジングなことだと思います。

さかき:『エクサスケールの少女』では、土着的な考えの象徴として出雲のことも書きました。ケルトと日本の古来の思想は類似点が多く、そこに原始の力を強く感じるんです。古代の日本やケルトの考えだからこそ到達できるAIのあり方は、きっとあるはずです。それを表すために、私は神話や宗教だけでなく文化の力を借りたいと思います。

だからこそ、歌を作品のモチーフに使えることが非常にうれしいです。『エクサスケールの少女』では万葉集や古い歌、現代のポップスやロックを組み合わせて歌の力を表現しました。今回の小説ではケルトの詩や英国の詩、日英のロックやポップスをモチーフにします。古代の歌や神話、呪術、それと現代のテクノロジーを交互に混ぜていくことで、何が知性なの? 何が文明の発展なの? 人間にとって知性やテクノロジーの発展は本当にいいことなの? と、問題提起をし続ける作品にできればいいなと思っています。

”群れ”としての知能をAIに実装させたなら?

森川:残念ながら、日本のAIの技術はアメリカや中国に対して周回遅れになっています。これはもう、資本の投入の仕方からしても追いつけません。唯一日本が生き残れる道があるとすれば、西洋的な価値観に以外のAIが活躍できる場ができたとき、そこで東洋哲学が初めて役に立つということです。人間以外の知性を重要視する意味は、おそらく西洋人にはピンと来ないと思います。ましてそれをAIに組み込むとなるとお手上げでしょう。だからこそ、唯一それを理解できるアジア人の物の見方が、今後のアドバンテージになると思うんです。

さかき:そうなんですよね。ロボットの研究に関しても、例えば災害救助に使う瓦礫の隙間を縫って移動できる虫のような形をしたロボットにAIが搭載されるとしたら、人間の知性をベースにしたAIよりも、虫の知性をベースにしたAIを入れた方がうまく機能するかもしれません。ドローンもそうですよね。コウモリ型のドローンにコウモリの知性を搭載することで、今まで私たちが見たこともない奇跡が起きるかもしれない。そのような形で、人間以外の知性にも価値を持たせられる可能性がある。さらには動物や昆虫、鳥たちの知性が集合することで、人間とは異なる社会がその中に構築されるのではと思います。

森川:集団で飛ばすドローンがありますが、あそこにも知性というか、新たな可能性があります。AIという定義の中に入るかどうかはわかりませんが、群知能という見方があって、個々の知能はたいしたことがありませんが、集団で動くことでそれらがカオス的に絡まり、高度な知性的行動に見えるという考え方です。

さかき:大きい魚に対抗するために、群れで泳ぐことで自分たちを大きい魚に見せる小魚がいますよね。彼らはどこかの段階で自分たちの個体の小ささを認識して、そのような戦略をとったのだと思います。群れだからこその知性というものが、おそらく個以外の知性としてあるはずなんです。

森川:個体として逃げたり隠れる力を身につけるのとは、まったく別の戦略ですよね。個体ではかなわない相手に対抗する戦略を、集団であるからこそ見つけ出せる。

さかき:群れとして生き残るときに、一つひとつの個体は死なない方がいいのですが、例えば全体で10匹の群れに、天敵が1匹来たとします。そのとき、悲しいけれども、1匹が食べられれば残りの9匹は生き残れます。そこで犠牲となる個体を作らずに10匹みんなが一斉に逃げたとしたら、何匹殺されるか分からないというリスクがあるんです。ですから群れの中で1匹を生贄にするというのは、実は知恵としてはアリなんです。

森川:リチャード・ドーキンスの『利己的遺伝子』という本の最初のヒントになったのがその視点と言われています。本来なら自分の命を守ることに特化しているはずの動物や昆虫が利他的に自分を犠牲にする理由が、どうも釈然としないと。しかし、遺伝子を乗り物と考えれば、自分という個体がなくなっても自分の遺伝子さえ残れば自分は”生きている”ことになるということで、話をまとめたということでした。

さかき:その利他的な行動が、実は自分にとって利己的な行動につながるということですよね。それは種の保存のために最適な行動をしているということです。でもそれは、群れや集団だからこその知恵で、個だと生まれてこない知恵なのだと思います。

そしてAIの知能はあくまでも個としてのものです。知能がつながるとはいっても、それはネットワークを通して多くのAI同士がつながることで大きな脳になるだけで、結局のところ個の知能であることには変わりません。そうではない一個一個の知恵の集合体としての人工知能群の実現は、SFでどうやって表現できるのだろうと考えています。

森川:それと同じようなことをAIの研究者が考えたとしても、実現までにあと何年かかるか分かりません。僕らのようにゲームという仮想世界の中で実現させようとしても、やっぱりすごく時間がかかってしまいますし、なかなかそんな企画も通らないわけです。だから、さかきさんみたいに、小説を通して最初にビジョンやイメージを見せるのは、とても大切なことだと思います。

いきなり理論を説明するのではなく、みんなが見える風景を最初に提案する。それは、絵を描く人と小説を書く人、音楽家のやるべきことだと思います。モリカトロンAIラボでは小説という形で、みんなが楽しみながらそのビジョンを見るのが理想なので、そういう意味でもぜひ今後ともよろしくお願いします。

——AIに関するニュースや開発者のインタビューはもちろん大事ですが、それらはすでにあるAIの姿しか読者に提示できません。半歩先、一歩先のAIの未来を見せたいとなったときに、やはりフィクションが大きな力を持つのだと思います。

さかき:この妄想劇がお役に立てるなら私も嬉しいです。こちらこそ、よろしくお願いいたします。

さかき漣|Ren Sakaki

作家。立命館大学文学部哲学科哲学専攻卒業。日本SF作家クラブ会員。著作にSF『エクサスケールの少女』(徳間書店)他。人工知能学会会員。

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Editor:高橋ミレイ

まだ見ぬAIのビジョンを描くSFの力:さかき漣氏×森川幸人氏 対談

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